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親のつとめ、子のつとめ――京都介護殺人事件を素材として

こんにちは、草薙龍瞬です。

先週は、愛知にて病院関係者向けの講演会ののち、京都で打ち合わせ、その後大阪にいって子供たちと勉強会(国語(笑))、そして大阪近辺の「道の者」たち(仏教勉強中の人たち)と座談会をしてきました。お世話いただいた方々、ありがとうございました。どの場所も、とても楽しく充実したひとときでした。またやりましょう!

 今はふたたびヒリヒリモードに戻って執筆中。「これは面白くなるかも」と予感する部分もあれば、「これじゃ救われぬ」とひとり落胆することもあります(あえて反応、あえて執着(笑))。

というか、落胆は、そこで終わらずに内容アゲアゲ↑にしていくプロセスなので問題ないのですが(笑)。

苦しみで終わるのは執着ですが、そこから抜ける方法を実践し続けるのは、正しい思考(考え方)です。

正しい思考とは、よき方向性をみすえての、絶え間のない努力――プロセスへの集中・工夫――です。

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さて本題――先週の仏教講座で取り上げた、京都の介護殺人の話題について。

(◇部分は、ウェブ上の記事(デイリー新潮)。アンダーラインは、考えてみてほしいところ。私の言葉がそのあとに続きます。)

◇「地裁が泣いた介護殺人」10年後に判明した「母を殺した長男」の悲しい結末

一家は両親と息子の3人家族だった。1995年、父親が病死後、母親が認知症を発症。10年後には週の3~4日は夜間に寝付かなくなり、徘徊して警察に保護されるようにもなった。長男はどうにか続けていた仕事も休職して介護にあたり、収入が無くなったことから生活保護を申請したが、「休職」を理由に認められなかった。

母親の症状がさらに進み、やむなく退職。再度の生活保護の相談も失業保険を理由に受け入れられなかった。母親の介護サービスの利用料や生活費も切り詰めたが、カードローンを利用してもアパートの家賃などが払えなくなった。長男は母親との心中を考えるようになる。

そして2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭を使ってコンビニでいつものパンとジュースを購入。母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町界隈を歩く。やがて死に場所を探して河川敷へと向かった。

「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」という息子の力ない声に、母親は「そうか、あかんのか」とつぶやく。そして「一緒やで。お前と一緒や」と言うと、傍ですすり泣く息子にさらに続けて語った。「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」。

その言葉で心を決めた長男は、母親の首を絞めるなどで殺害。自分も包丁で自らを切りつけて、さらに近くの木で首を吊ろうと、巻きつけたロープがほどけてしまったところで意識を失った。それから約2時間後の午前8時ごろ、通行人が2人を発見し、長男だけが命を取り留めた。

◇京都地裁は2006年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑は懲役3年)を言い渡した。

裁判では検察官が、長男が献身的な介護を続けながら、金銭的に追い詰められていった過程を述べた。殺害時の2人のやりとりや、「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介すると、目を赤くした裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。

判決を言い渡した後、裁判官は「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と長男に同情した。そして「お母さんのためにも、幸せに生きていくように努力してください」との言葉には、長男が「ありがとうございます」と応え、涙をぬぐった。

◇それから約10年後の2015年。毎日新聞大阪社会部の記者が、介護殺人に関するシリーズ記事の一環としてこの長男への取材を試みた。しかし……彼はすでに亡き人になっていた。

やがて判明した死因は自殺だった。

琵琶湖大橋から身を投げたという。所持金は数百円。「一緒に焼いて欲しい」というメモを添えた母親と自分のへその緒が、身につけていた小さなポーチから見つかった

厚労省によると、要介護(要支援)認定者数は620万人。要介護者を抱える家族が増える一方、後を絶たない介護苦による悲しい殺人事件。なぜ悲劇は繰り返されるのか。どうすれば食い止めることができるのだろうか……。 


――たいへん重たく、また気の毒な顛末です。なんとも、どうにかできなかったのか、と思わざるを得ない痛ましい出来事です。

この話題、まずは介護の現実への「告発」という形で取り上げられて、「同情」そして「行政対応の不備」という発想に入っていくのが、世間の声の主流のようです。

ただ、仏教的な眼でこの話題を見ると、いくつかの点で、きわめて奇妙です。というか、世間の反応、事件についての裁判官のコメント、さらには、殺された母親の最後の言葉や、自死を選んだ男性のふるまいにも、どこか見落としている大きな部分があるような気がします。

まず決定的におかしな部分――心中を決意して泣いている息子への「一緒やで」という母親の言葉です。この母親は、認知症を長年わずらっていたといいますが、その最後の行動は、「わしがやったる」と息子を殺そうというもの。これは、「認知の衰え」からのものなのでしょうか? そうは受け取りにくい部分があります。

母親は、息子を殺して、自分も死ぬ気だったのか。その可能性もありますが、正直、自分が死ぬ覚悟を決めていたとはなんとなく思えない部分があります。息子が完全に追い詰められて、仕事もなく、生きる希望も失って目の前で泣いている姿さえ、はっきり理解していなかったようにも感じられます。

もしかすると、自分は生きる(息子の人生は別として)、といっていいくらいの思いが、その心に蠢いていた……そんな印象を持つのはうがちすぎでしょうか。

○そんなことを思うのは、親の介護を理由に、あまりに過酷な日々を送っている子供たち(その大半は四〇代以上)の姿を見聞きするからです。

親が病弱、認知症、ひとりで暮らせない。だから子供が面倒を見る。面倒を見られる子供がいるのなら、という理由で、介護サービスは受けられない(あるいは、制限される)。子供は、面倒見ながらでも働ける仕事を、ということで退職して次の仕事を探す。あるいはパートに切り替える。しかし、介護の程度は徐々に重たくなる一方で、結局、パートさえおぼつかなくなる。気がついた時には、「身内」とされる子供しか残っていない……ことがけっこうあるのです。

すごく率直にいって、本当に介護が必要だったり、本当に病弱だったり、という場合ももちろんありますが、しかし現実の姿を見てみると、多少の違和感をいだくこともあります。

それはつまり、親の方で「子供がわたしの面倒を見るのは当たり前だ」という思いが、何となく透けてみえることがあるからです(もちろん受け手の印象でしかありませんが)。

もし、親の方で、子供に面倒みてもらうのは当たり前、という思いがあり、子供のほうに、親の面倒を見るのは自分の絶対の務め、という思いがあれば、親の側の事情は、まるごと子供に転嫁されてしまいます。

この介護殺人事件の中身を見聞きするにつれて、徐々に首をかしげざるをえなくなってくるのです。

もしかすると、この母親は、自分は生きる、そのためには子どもが犠牲になってもいい、という貪欲の業の持ち主ではなかったかと。

そして、子供の方は、その貪欲の業を刷り込まれて、幼い頃から「親のため」という価値観を刷り込まれて、何があっても自分が親を支えるのだ、という思いに呪縛されていたのではないかと。

○こういう関係は、この痛ましい事件の当事者にもし仮に当てはまらないとしても、世間には多いものです。そういう親の業――強欲だったり、自己中だったり、自分大好きで子供は二の次、三の次だったり、都合のいい妄想ばかり広げて子供をその内に取り込もうとあれこれと手を尽くして、その思いからちょっとでも外れると激昂したり、「誰のおかげでここまで大きくなれたと思っているんだ」と、過去をカサに着たりする、とにかく徹底して自分のことしか見えていない親――。

こうした親の業は、客観的に見れば、貪欲、妄想、慢といったタイプで理解できます(詳しくは『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』をご覧ください)。

ただ、親に愛されたい、わかってもらいたい、承認されたい、仲良くしたいという思いでいっぱいの子供、そして幼い頃から、親の業を、その無防備・無自覚な心に全面的に浴びて、刷り込まれてしまう子供にとっては、その親の業の深さ・問題が「見えない」のです。

まったく、見えていない――親の業が自身の苦しみの原因となっていることを。

そういうケースは、驚くほど多いのです。今現在、私のところに相談にくる人たちも、親のことは、見事に発想外――気づいていない――ということが、かなりあります。

○この母親は、ほんとはどう発想すべきだったか。まずは、息子の困窮をきちんと察すること。自分自身が負担・足枷になってしまっていることを感じとるべきでした。

そうしていたら、すまないとか、ありがとうとか、「私のことはもういい、十分だから、せめてあなただけでも生きていきなさい」という言葉が出てきていたでしょう。もしそういう言葉が出てきていたのなら、この事件は、悲劇であり、世の中の何かしらの不備が作り出した哀しい親子の結末、という扱い方も可能だったかと思います。

しかし、そうではなかった。ひとり十年以上も頑張って策尽きて泣く息子に対して、「一緒やで」「わしがやったる」でした。はて、どういう発想に立っていれば、こうした言葉が出てくるのか――。

この息子は、裁かれてのち十年経って、結局自殺してしまいました。しかも「母親のへその緒」まで後生大事に持って……。

裁判官が最後に訓戒した「お母さんのためにも」というのは、率直にいって、正しい言葉ではないと思います。もう十二分に、母親のために生きてきたのです。これから先は、ひたすら自分自身のために、もうなにも背負うものはないのだから、せめて生きられるかぎり、生きたいように生きていくように、そのために頑張っていくように、という言葉が、正解だったのではないでしょうか。

彼にとっては「自分のために」といわれても、戸惑うしかできなかったかもしれません。人生の大半を、母親とともに――おそらく一度も分離したことなく――生きてきたのです。それ以外の「自分のための人生」なんて、もしかしたら想像もつかないかもしれません。

ただ、だからこそ、戸惑いながらも、自分の人生を、自分ひとりで生きていく体験をしてみてほしかったと思うのです。その道のりは、タフで険しいものかもしれないけれど、でも生きていく価値はある。そのことだけは、誰かが彼に、伝えるべきだったという思いが残ります。


○人間と人間が関わるうえで基本となるもの――それは〝自立〟です。

自分の肉体、自分の人生は、最後の最後まで、自分自身で背負えること。せめてその努力をしようという思いに立てること。

もちろん、ひとは、ひとの支え・つながりなくしては生きていけず、こうして生きている今も無数の人たちの世話となり、犠牲や負担のおかげ・たまものとして生きています。つながり合い、支え合い、助け合うことこそが、ひととひととのつながり、それが命の本然(本来の姿)です。

しかし、その一方で、ひとの心には、いろんな〝業〟も潜んでいます。少しでも貪欲が湧けば、相手に迷惑・犠牲を強いても平気になってしまう。ほんのちょっと慢が働けば、相手を苦しませても自分の正しさの方を優先させてしまう。ついわいた妄想――相手への期待・要求・かくあるべきと思う姿――にこだわって、その妄想に当てはまらない現実・相手に、不満を募らせる。

そして、こうした自身の業と、ひとへの依存心や、自身の甘え・怠惰が結びついたとき、その人生は、重たすぎる肉塊となって、誰かの心にのしかかるのです。その重たさといったら……背負わされた側にしかわからない、というのが悲劇です。

○子供は、自立すること。自分の足で立って、自分の人生を自分の力で切り拓いていくこと。それが原則。

親のつとめは、そんな子供の自立を促すこと。お金も、ご飯も、教育も、最終ゴールは、子供の自立であり、そこから始まる自由にしてみずからが納得いく、たったひとつの人生を子ども自身が生きていくこと。

親もまた、自立せねばなりません。子供の人生や、ありようが、自分自身の幸福をいつまでも左右していてはいけないのです。まして、子供がひとりで生きていかねばならぬ現実の中で、簡単に当てにしてはいけないのかもしれません。いつまでも当てにされていてもいけないのでしょう。


○もちろん、現実の関わり方は、圧倒的に現実に左右されます。どのような言葉も、現実の前には理屈でしかないのは、確かです。

それでも、心の原則とは、関わりの鉄則とはなにかを、なるべく早いうちから明確にしておかねばなりません。それは、絶対といっていい、すべての命が十二分に生きていくための前提です。

そのことで、防ごうと思えば防げたかもしれない苦しみを、防ぐことができるかもしれない。

最終ゴールはどこにあるか――つねに目を開いておきたいものです。