仏教講座スケジュール

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出家体験記『ブッダを探して』火・金更新中

      興道の里 くさなぎ龍瞬の寺子屋        

2月11日(土祝)・12日(日)・19日(日)は座禅エクササイズ
寺子屋ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

たしかな価値を創り出せる一年にしよう

     出家、日本をゆく     
ブログ日記 1月31日(火)

日本海側は大雪らしい。
近頃出会った方々がおられる場所。どんな感じなのだろうと想いを寄せる。

日曜の仏教ライブは「生活向上の5つの思考法(カギ)」

来てくれたみなさん、どうもありがとう。

これからは、一つのテーマを日にちをかえて2回やろうと思います。

話す内容は変わる。来る人によっても変わる。ライブは生ものだし。
来やすい日に来ていただければと思います。

今回は「思考法」のひとつとして、

「貢献第一」というモチベーションを、という話があった。

仏教では、自分の欲目・都合(=やりたい)だけで動くことに価値を認めない。

“誰かの役に立っている”という状態そのものが価値。

そういう価値観で働くと、
どんな働きであっても満足できるようになる。

お役にたてれば幸いです」というフラットな心境。

「やりたい」ことではなく、
「やる必要がある」ことをやる。

だから、必ず相手の要望を最初に聞く。状況を理解する。
その上で、やらねばならないことを引き受ける。
そのあとに、個人的な歓びが来る。

「残業せざるをえない状況なのだが、自分が残業したら、上司もつき合わなければならず、
周囲の顰蹙も買ってしまうような場合は、どうすればいいか?」

と質問があった。

貢献第一で考えると、
残業せざるを得ない客観的状況で、その役割を自分が引き受けるのは、
純粋に善いことだ。

それで顰蹙を買うとしたら? 周囲との兼ね合いをどうするか?

残業を感謝できない上司や同僚こそが問題だと思うけど(^^;)、

「つきあってくれてありがとうございます(この仕事はやっておかなくちゃいけないので)」

という気持ちをあえて向けることなんじゃないか、とひとまず思う。

たぶん、発想として大事なのは、ひとつの「立場をとる
ということなのだろう。

会社の利益に貢献するを第一とする。それが「自分の立場」。
だから残業も引き受ける。自分の物事として。

だから、その時間に付き合ってくれた人たちには主体的に「感謝」する。

「よくつき合ってくれましたね(ありがとう)」
という明るい感謝を心にすえる。

相手がそれにどう反応するかは、相手の問題(ゆだねる)。

ただ自分自身は、善きこと、会社にとって価値のあることをやっている。
そういうはっきりした立場に立つ。

貢献第一を心の軸=自分の立場にすえると、心はブレなくなる。

それが客観的にも貢献になっているなら、きっと評価してもらえるはず。

ほかにもいろいろ話があった。つづきはまた(^^)。

※なお terakoyakodonosato@gmail.com

に空メールを送っていただければ、よりつっこんだ内容のメール通信を差し上げています(^^)

お茶会も楽しかった。
善き人たちが来てくれることは歓びでございます(^V^)。

2月11日・12日の連休は、入門・座禅エクササイズ。お友達にご紹介ください。

11日(土)午後1時~4時には、初企画のダンマトーク(法話)。

内容は、
①こちらで用意する仏教ライブ(=テーマは来てのお楽しみ)と、
②参加者のリクエスト・質問に答える即興ライブ 
とがあります。

ふだんはできない話が、自由に、ゆっくりとできると思います。
ぜひお立ち寄りくださいね。

最近出会った新潟の方々の今日を想いつつ――。

出家体験記『ブッダを探して』火・金更新中

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たしかな価値を創り出せる一年にしよう

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ブログ日記 1月24日(火)

東京にも雪が降りました、ね。

つい先日の夜、ご縁ある方々と一緒に、地下駅の構内を回った。

ダンボールをついたてにしてる人、寝袋で寝てる人、
ただ座り込んで動かない人などが
ちらほらといた。

とある二十歳の青年は、建設会社で働いていたが、ひざに水がたまる病気で動けなくなり、
解雇された(というか労働契約の更新なし)。

で、いきなりホームレス。今年に入ってからのことだという。

ホームレスの世界にも交流があって、友だちから炊き出しの場所とか仕事のクチとか
紹介してもらえることがある。

青年の場合は、まだ友達がいない。独りただ地下街で夜風をしのぐだけになる。

この地下街は、夜1時半から4時半の間は、外に締め出されてしまうのだそうだ。

仕事の斡旋をしてくれる窓口のことと、炊き出しの場所を伝えた。
まだなんとかなる。

ほかの場所には、「(この生活)もう20年になる」という老女もいた。
足が病気で靴がはけない。昨日からなにも食べてない。

うーーーーーーーーーーーーーーん。

この世界は、考え始めると出口が見えなくなる。

考えなくていいこと?

自分が招いた現実だ、みたいなつき離す見方も、世間にはあるよね。

しかし、仏者として考えるのは、ひとと自分との間に線を引くことではなく。

その人が置かれた状況で何ができるのだろう? とだけ考える。

その人に自分を重ねて考えてみる。

家もなく、食うものすらなく、この冷たい夜にうずくまるほかない
現実に立たされたら?

そんな状況にあってなお、救われたように感じることは可能なのか? 
どうやって?

心を扱う仏教には、仏の心とか、菩提(ぼだい)の心とかがあるけれど。

念仏唱えれば誰でも仏になれるとか・・・そういうものでもないように思う。

考えなくてもいいことであること、
そも答えにたどりつくこと不可能であると承知の上で、

考えていくべき課題のような気がした。

どんな状況にあっても救われるような心の働かせ方ってないのかな、と。

何を信じれば救われるといった宗教ではなく。

ずん、と来る夜だった。

これはひとつの種だ。
どんな答えの芽がふくかわからないけど、育てていかなくちゃいけない種。

まずは、いろんな現実につながれる自分でいよう。
動き続けること。
そして、明るく(^▽^)。

今あるぬくもりを大切にしよう、ね。

みなさんが、あったかくいられますように。

出家体験記『ブッダを探して』灼熱インド編連載中

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1月29日(日)は役立つ仏教講座「生活を向上させる5つのカギ」
2月11日(土祝)・12日(日)は座禅エクササイズ
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よい一年にいたしましょう!

     出家、日本をゆく     
ブログ日記 1月20日(金)

すっごく私事だが、数日前にちっちゃな電気ストーブを買った。

それまで暖房器具はなかった。
ある教室で、遠赤外線ストーブなるものをつけてもらって、

「????あったかいぞ????」

と、正体不明の物体をみつけた犬のような驚きを感じた。

で、自分でも買ってみたのである。つけてみた感想。

「な、なんて、心強い・・・」

えらいあったかいのである。ほかほかなのである。ぬくぬくなのである。
それまでの冷たい日々はなんだったのか。

去年なんぞ、熱の出るものなど何もなかった。
その頃の生活は、もう思い出せない。それくらい生活感が変わった。劇的に。

とある人に、マフラーをもらった。
これも首に巻いたり、アタマに巻いたりしている。
これまたイイのである。ぽかぽかなのである(^~^)*。

北風や 髪はなくても どんとこい (下手すぎ)


出家は、基本的に何も持たぬを快楽とする人種であるけれど、

でも、これからモノが増えて、???!!!が増えていくのかもしれない。

いつでも手放せる心は確保しつつ、でも楽しめる分は楽しんでみようかというスタンスでいる。

今日は雪の日。みなさま、お腹冷やさないようにね。

あったかダンマトーク(法話)を聞きたい人は、神楽坂にどうぞ。

出家体験記『ブッダを探して』灼熱インド編スタート

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新年の仏教ライブは1月14日(土)から
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2555/2012年が始まりました。本年もよろしくお願いします。

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ブログ日記 1月12日(木)

新年あけてはや二週間が立つ。
各地の教室・講座も再開だ。今日は巣鴨に行って来た。

巣鴨の会は、年齢層がお高い。
ほとんどが60代以上で、中には90に届こうという方もいる。

みな熱心で、仏教への関心もお高い。
仏教がまだ生活の中にあった古き時代を知っておられる方が多い。
真剣なまなざしで耳を傾けて下さる。

みなさん一日でも長く、お元気で、長くお顔を見せてほしいと思う。

こうして出会い、つながりあるこのあやうい奇跡を、大切にしたいと願う。

正直、出家前は、つながりなるものの尊さを意識することはあまりなかった。

出家して、自分のかつての心を抜けて、
たどり着いた心の土台、心の軸をすえてみると、

つながりなるものの深く貴く、それでいてあまりに細く精妙なさまに、
心打たれる思いがする。

このつながりを、せめて善きものに、美しきものに創りたい。

つながりというのは、直接会える関係だけではない。

ときに長らく会えないこともあるし、その理由が好ましくない、
感情的なもの、すれちがいであることもあるだろう。

しかし、現実の距離は本質的な問題ではないように思う。

ただこの世界に、この今瞬間のこの時間に、同じ宇宙に(といったら大げさか)、
命を共にしているという、

ひとつの“現象としてのつながり”こそが、尊いのではなかろうか。

たしかに、つながっている――それは「現象」と呼んでいい。
心の目によって見えたり見えなかったりする、精妙な現象である。

会えようと会えまいと、すべての命はつながっている。

そのことを感じ取れたとき、心は開かれる――

開かれた命――

それもまた、ひとがめざしていい、めざす価値ある境地ではないか。

いささか大仰にすぎたかも。
とにかく、この国で出会うみんなが幸せであることを願おう。

***
巣鴨の話は、空海に入った。

讃岐瀬戸内の浜で天真爛漫に育った、「貴物」(とうともの)とよばれた俊才の少年。
18で官吏養成機関「大学」に入って、違和感・失望に呑まれて、
ついに中退してしまう。
居場所なき放浪者となり、山岳に修行し、最後にたどり着いたのが仏教だ。

「なんだか飛び出すの、多いなあ(^^;)」

それが日本仏教の高僧・御開祖たちの生きざまをたどって感じること。

空海師も、最澄師も、さかのぼれば玄奘三蔵も、行基聖も、
みな飛び出している。当時のアウトロー。
「もがきもがき、泣く泣く」は佐々井師の言葉だ。

これがほんとの出家の生きざまなのね。
心強い(笑)