仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
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半生記『ブッダを探して』東大編 3月9日スタート予定

   ブログ日記 “出家 日本をゆく”   
2月26日更新しました。

3月4日(日)午前10時~12時
実用仏教トークライブ
「雑念を“斬る。” ムダな心の片づけ方」
“ときめきの魔法”はモノの片づけだけじゃナイんですスペシャル

講座ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

2月26日(日)

本日の仏教ライブにお越しのみなさま、
まことにありがとうございました。

用意した資料プリントが足りませんでしたね。
メールを頂ければお送りしますし、次回また用意しておきますね。

今日の“おさらいメール”は、近日お送りするとして、
最近のできごと――

(なおこのブログをご覧になって空メールを送って下さった方には、
仏教ライブの内容を振り返るおさらいメールをもれなく配信しています)
terakoyakodonosato@gmail.com


バングラデシュ人の友ができた。

大晦日の夜、私が新宿通りを歩いていたら、

車から降りて来て、合掌して、ワンコインをお布施してくれた。

それ以来の付き合い。すっごく簡単な出会いだった。

昨日、ちょこっと都内をドライブした。

幼いころから敬虔な仏教徒。

(バングラデシュには仏教徒は多くない。ヒンズー教徒とムスリムが多数派)

タイ→韓国→そして日本。日本でもう4年めになるそうだ。

武道館前の通りでケバブを売っている。

念願の自前の店がもうすぐ荒川でオープンする予定。

ちっちゃなバンも、調理師免許も、日本語も、

日本に来てから手に入れたもの。よくやるなあ、と感心する。

メディテーションをやりたい、そのうち場所を作って人を集めるから、
一緒にやろうという。

日本の人たちにお世話になっているから還元したいのだそうだ。

インドの友と同じだ――情熱的で、信仰心が篤くて、話が大きく広がる。


出家して何が一番変わったかというと、

こういう異国の友が簡単にできること。

インド、タイ、ミャンマー、そして

こうしてバングラデシュや台湾の人たちとも、すぐに友だちになれる。

私の場合、
伝統仏教の思想の中で、「これだけは共通してブッダの教えである」

という本質、原理的な部分だけを軸にすえて、

残る部分は、その場所・ひと・状況に応じた応用系、
アレンジはさまざまでよいと思ってるので、

けっこう身軽に動けるのかもしれない。

ブッダの教えが、ほんとうに、今の時代、世の中、そのひとに役立つには、
そういう開かれたスタンスがいちばんよいと、個人的には思ってる。

人生をシンプルに生きようと思えば、

心の軸」を固めることではないだろうか。

私の場合は、ブディズム――ブッダが説いた幸福への原理。思考法。

そこさえ確かならば、誰とでも、どこにいても、通じ合える。

仕事も、生き方も、人間関係も、こだわりを持てば持つほど、しんどくなるよね。

でも軸さえ定めれば、あとは自由に“踊って”いいんじゃないかな。

この時代を、生きてることを、楽しもうよ。

こうして、出会えることもね。


開店の日に法事をやることになった。

近いうちに、みんなと一緒に食べに行くことにしよう。たぶん春。

題して「荒川バングラデシュツアー(食べ歩き)」。都電乗ったりして?

後日告知しますね。

彼の日本での将来が明るいものでありますように――。

今日会えたみなさんが、元気でありますように――
(もちブログを見てくれたあなたにも)。

出家体験記『ブッダを探して』2月21日更新済

   ブログ日記 “出家 日本をゆく”   
2月21日更新しました。

2月26日(日)午前10時~12時
実用仏教トークライブ
「なぜひとは変われないか? 上手に変わるきっかけの作り方」

講座ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

2月21日(月)
日差しがやわらいできましたね。

19日の坐禅エクササイズ拡大版に来てくれたみなさん、
ありがとう。

3時間だったけど、経験者には長く感じなかったのではないでしょうか。

びっくりしたのが、初参加の70歳の女性。

歩く姿勢からして、丁寧さが違っていた。
座ったあとは、ぜんぜん動かない(○んじゃったのかと思った(笑))。

「考えないように、
吸っている、吐いているとそれだけやりました。
だから、考えはなんも浮かびませんでした」

という(それがふつう大変なのに……)。

たいてい、雑念というのは、外に漏れ漏れなのだけど、
この人の場合、外に伝わって来るものがなかった。

「すっごくナチュラル」な感じ。

見るからに、素直で、力が抜けていて、余計な考えがない。

座禅にも資質ってあるのかな、と思った。大げさに言うと天性の才?

たぶん、この方のこれまでの生き方とリンクしてる。
機会があったら聞いてみたい。

今日のもう一人の参加者と朝ぐうぜん電話して一緒に来た、
ということらしい。

世の中広い、とちょっと感じた日でした(笑)。

こういう場所開いていると、いろんな人と出会えて楽しい。

定期的に通ってくれる人は、やっぱりありがたいし力強い。
(もちろん無理のない範囲で来てくれればよいのだけど)

私は、過去を振り返って、「ひとに恵まれている」とほんと思う。

あの場所のスタッフさんたちだって、みんなすばらしく善き方々。

いつも縁に恵まれて、生きてこられた。

かつては、自分が何者かわからなかったから、
授かった縁を活かすことが出来なかった。

でももう大丈夫。私はこの恵まれた縁を育て続けていきます。

みなさん、ほんとにありがとう。

リアルな出家体験記『ブッダを探して』2月14日更新ずみ

   ブログ日記 “出家 日本をゆく”   
2月15日更新しました。

2月19日(日)午後1~4時は座禅エクササイズ!
神楽坂で静寂なひとときをすごしましょう
(気さくなお話タイムもあります)

講座ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

2月15日(月)

座禅に来られた方で、
「仕事に情熱が持てなくなってきた」
と語っていた方がいた。

ブディズムは、「なくていいです」と答える。

事実としての生の作業に集中するだけ。

もし持つとしたら、「貢献できればよし」という成熟したモチベーション。

正直、それだけで生きていけば十分のように思う。

「物事にすぐに飽きてしまう」という人もいた。

飽きてしまう心理には、すぐに判断を下してしまう心のクセがある。

「こんなものだ」という見切り・思いこみ。

自分ではそれが正しいと思う。

じつは、その根っこには、執着している別の何かがあるのかもしれない。
でも、それに気づかない。

心が生み出す反応・判断は、
何かを求めるエネルギー(渇愛)がもたらす、錯覚であることがある。
もちろん今の自分のまま生きていくのも素敵だけど、

今見えているものは、もしかしたら錯覚=勘違いかもしれない、

という発想は持っておいていいんじゃないかな。

「たぶん他の見え方があるんだ」、という思いは、心をラクにするだろうから。

たぶん共有できる方向性は、

楽しさ(情熱・喜び)というのは、あればいいけど、なくてもいい。

そして、飽きる・飽きない、この物事(ひと)はこういうものという判断は、
減らすに限る、ということ。

仏典では、こういう判断こそは、

無知・無明の闇(=分からないまま)に閉じ込めておくマーラ(俗にいう悪魔)だと喩える。

判断をむしろ削ぎ落して、ただ目の前の作業に集中してやること。

そのこと自体に歓びがある。

楽しさを求めると、人生そんなに楽しいものでもない、という感じになるけど、
楽しさを手放して、ただ集中することを心がけると、異質の楽しさが出てくる。

集中こそは、最高の幸福なのです。 

もし物事に楽しさを感じられなくなったとしたら、
それは集中という一番大事なラインが切れている証拠、
代わりに貪欲(=勘違いの欲求/求めすぎる心)・妄想が働いている証拠、

だと理解していいかもしれない。

めざすべきは、

純粋な集中状態で生まれる、澄み切った歓び。 

ブディズムを学んで得られるのは、たとえばそういう新しい発想です。

いろんな見方・生き方を学ぼう。
一生かけるに値する自分なりの珠玉の道を歩んでいこうではないですか。

リアルな出家体験記『ブッダを探して』2月14日更新予定

    興道の里 くさなぎ龍瞬の寺子屋      

寺子屋ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

     出家、日本をゆく     
ブログ日記
2月13日(月)

11日&12に参加してくれた皆さん、どうもありがとう。

参加者にヒントをもらって、鍋物をやってみた。
(ポン酢って、どこに売ってるのか知らなかった(……)。)

おいしいじゃないですか! ヘルシーだし。しばらく続けます(^^*)。

今回の新企画は、ノータイトルのダンマトーク。

仏教ライブのようなまとまった話はできなかったけど
(というかそれが狙いだったのだが)、

参加者の声を聞くことから始めるというのは、
双方向の生きた面白さがあった。

どんな話題が出てくるかわからない。
その分、アタマも体力も使う。言葉も生きたモノになる。
面白い。しかも鍛えられる。
個人的にはとっても満足でした(^^*)。

月に一度はやっていきたいと思います。
みなさん、お気軽にぜひご参加ください。楽しいですよ。

次回は3月11日(日)。チャリティ企画といたします。

タイトルは要検討かな――ダンマトークって伝わるのかな?


昨年のクリスマス仏教ライブのこと、

「シュールなことやってるな、でも内容がまじめなところに興味を持った」

という感想をもらった。

どんどんシュールでいきます(笑)。

物事のいちばん純粋な、本質的部分は、
表面的なカタチを壊したところに出てくる。

くさなぎ龍瞬のスタイルは、仏教の伝統・既成のカタチをあえて崩して、
一番核にある“至純の本質”を取り出して見せるというもの。

本質というのは、時代を超えて輝いているはず。
というか、輝けるように、
時代・社会状況に応じて活かさなきゃいかんということ。


何事も魅力が失せるというのは、扱い方を間違えているのだと私は思ってます。

このスタイル(芸風?)に磨きをかけていきたい。

「シュール」な新企画、どんどん行きます―― (で冒頭の告知タイトル)

詳細は後日発表!

出家体験記『ブッダを探して』火・金更新中

      興道の里 くさなぎ龍瞬の寺子屋        

2月11日(土祝)・12日(日)・19日(日)は座禅エクササイズ
寺子屋ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

     出家、日本をゆく     
ブログ日記 2月6日(月)

話の続きになるけど、
状況の変化」そのものを楽しめるようになれば強い。

途中にトラブルが起きようと、
人間関係が悪化しようと、
「ならば、次はどう動こうか?」としか考えない。

過去を引きずらない。
「ここからどう転がっていくのかな」と、興味を持って眺めているもうひとりの自分をおく。

私の場合、出家する前の遥か昔、十代の頃から、
どんな事態でも、

「ここからどうなるのかな?」

と、興味をはたらせて見ていたような気がする。

たとえば十代の頃、大学に入る前に、私は印刷所で夜勤のバイトをしていた。

夜がらがらになった上り電車に乗って、都内に来る。
夜のお堀端を沿って歩いて、ひとり職場に向かう。

「同僚」は、50すぎのおばさんだったり、
言葉は不自由だが活版印刷のベテランの老人だったりした。

深夜三時頃に、みなでホカ弁をつつく。


その頃は、同い年の友だちもおらず、ひとり暮らしだったから、
職場でひとと会って話をするのが、唯一の安らぎだった。

誰かが目の前にいて、笑ったり話したり食べたりしている様子を見る。

その見ること自体が、静かに楽しくて、興味深かった。

ひとを眺めること、ひとと出会うこと、ひとと関われること自体に、安らぎを覚える。

その気性はずっと変わってない。

だから、過去どの場所でも、人間関係で苦しんだことはなかったかもしれない。

どこにいても、それなりに楽しかった。

この身に起こるすべての出来事は、一回きりの現象。

何が起きているか、ただ眺めているだけというのはいけないことだろうか。

反応せずに、ただ観る。
「どうなるのかな?」と、どこかで楽しんでいる自分をおく。

どんな人生だって、味わうに値する中身をもっているのではあるまいか。
に空メールを送っていただければ、よりつっこんだ内容のメール通信を差し上げています(^^)

2月11日・12日の連休は、入門・座禅エクササイズ。お友達にご紹介ください。

11日(土)午後1時~4時には、初企画のダンマトーク(法話)。

内容は、
①こちらで用意する仏教ライブ(=テーマは来てのお楽しみ)と、
②参加者のリクエスト・質問に答える即興ライブ 
とがあります。

ふだんはできない話が、自由に、ゆっくりとできると思います。
お気軽にお立ち寄りくださいね。

出家体験記『ブッダを探して』火・金更新中

      興道の里 くさなぎ龍瞬の寺子屋        

2月11日(土祝)・12日(日)・19日(日)は座禅エクササイズ
寺子屋ラインアップは★新春講座案内をごらんください。

たしかな価値を創り出せる一年にしましょう

     出家、日本をゆく     
ブログ日記 2月2日(木)

仏教ライブ「生活向上の5つの思考法(カギ)」のつづき

プロセス(方法)に楽しみがなければどこかに勘違いがある
という話。

日本人は、苦労とか努力という言葉が好きだけど、
「しんどい(苦痛)」ばかりとしたら、それは発想に勘違いがある。

何ごとも、やっているその過程そのものが楽しいようにやるべきです。

楽しさ、というのは、正しい方法でやっているぞ、ということの証(あかし)。

「楽しむってどういうこと?」と質問があった。
ひとによって違うよね。

純粋に、好き・楽しい。
あるいは、集中・充実(集中は最上の楽しみの一つ)。

プラスの価値”を創造(クリエイト)することも。
                           
私にとって最上の価値は、新しいつながりを創っていくこと。

たとえば仏教ライブをやって、
ひとが来てくれる。新しいひとも来る。そこでつながりが生まれる。

誰かが晴れやかな顔で帰っていく姿を見て、
役に立てたかも(よかった、よかった)と感じる。

そういうときは、たしかな価値の創造を感じて嬉しくなる。

達成感・充実感は、求める結果がセットになったときに生まれる。

ただ、価値の創造というのは、プロセスだけで楽しいと思えるもの。

もうひとつの楽しみは、「状況の変化をみる」。

途中にトラブルが起きた。でも動揺しない。
「ではどうしようか?」と考えて改善を工夫する。

人間関係が悪化したって、心配しない。
そういうときは、「どうなることやら」と鷹揚に構えてみる。

ブディズムはどんな状況にあっても、ありのままに観て、
「この現実に自分は何ができるのか?」を考える。

とくに人間関係は、
なんとかなるだろう」という楽観・許しの気持ちで向き合うことだと思う。

悪化した後でも、こちらから働き掛けてみる。
もし向こうがネガティブな反応を返してきたら、

そう来たか、ではこう受けてみたらどうだろう(^^)」とまた返してみる。

ボールを返して、相手の反応をみて、またボールを送るのだ。

最終的には、必ずなんとかなる、うまくいくという楽観・信頼をもって。

たいていの人は「判断グセ」がついているから、
いったん悪感情が湧くと、関係を止めてしまう。

でも、こちらも止めてしまう必要はない。
こちらの扉はいつでも開いておこう。

止まってしまった関係も、「状況の変化」として楽しめばいい。

「ふむ、ではどうしようか」
いつだってオープン。

ひとの感情も、自分の感情も、状況変わればすぐに変わる。
一日たてば、もう状況は確実に変わっているのだから、忘れてあげればいい。
つねにリセット。

そして、「どう関わればいいのかな」と、次の一手を考える。

たとえば、「ありがとう」「お疲れさま」「頑張ってますね」「こんにちは(挨拶)」
を送りつづける。

相手の反応そのものに囚われず、やりとり全体を見る。変化を見る。

そうやって、状況がよい方向に変わっていく可能性を楽しむ

そういう発想なら、どんな人間関係だって楽しめるような気がする。

「状況の変化」そのものを楽しめるようになれば強い。

そういう発想に悩みはない(達観ともいう)。

※なお terakoyakodonosato@gmail.com
に空メールを送っていただければ、よりつっこんだ内容のメール通信を差し上げています(^^)

2月11日・12日の連休は、入門・座禅エクササイズ。お友達にご紹介ください。

11日(土)午後1時~4時には、初企画のダンマトーク(法話)。

内容は、
①こちらで用意する仏教ライブ(=テーマは来てのお楽しみ)と、
②参加者のリクエスト・質問に答える即興ライブ 
とがあります。

ふだんはできない話が、自由に、ゆっくりとできると思います。
ぜひお立ち寄りくださいね。