仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
●全国行脚、まもなくスタート! 講座、個人相談、法事など、ご希望者はご連絡下さい(クリック)
●仏教講座のスケジュールはこちらをクリック。 
●メール通信、配信中。
①お名前、②都道府県、③近況(本の感想・知ったきっかけ等も可)をひとこと 書いて koudounosato@gmail.com まで。※フリーメール着信拒否の設定になっていないか、ご確認ください。
●廃寺・空き寺・日本家屋を募集中! 生き方と教育と仏教をひとつの場所で――ご提供くださる方、ぜひご連絡ください。

生きててよかった――

11月28日
近頃うれしかったこと

◇事務所兼用の新居に引っ越したこと。

帰ってきたときは、宿なし・文無し・仕事なしの正体不明の坊主。
(マジで今の部屋見つからなかったら、どこに行くつもりだったんだろう(^△^;))。

今回は、この二年でさずかった“仏縁”で、不動産の契約にまでこぎつけた。

背中をぐいと押してくれる人が、今年夏以降に出現して、
そのおかげで、
この定職なし・身寄りなしの出家僧でも新居を借りることができたのです。

借りたあとの感想:

「生きてきてよかった――(2年)(;´Д`。)」


◇会長先生とのご縁をいただいて、インドに日本の水浄化技術を紹介できる可能性が生まれたことも、奇跡みたいにすごいこと。

かつて池の水に触れることも許されなかった人たちが、自分たちで飲み水を作れるようになるかもしれないのです。

今、現地では、井戸水が濁ってしまって飲めなくなってる。

彼らが澄明な水を飲める日がもうすぐ来るかもしれない――夢にも見ない話。

きれいな水を彼らが飲み干せる幸せをみたい。

(あんまり先を語ることは仏道にそぐわない(夢を逃しちゃう)気がするので、
この話題はもう少し先に進んでから具体的に伝えさせていただきます。
まずは会長先生にお会いできたことに感謝です(礼)。)


◇三重松阪に向かう新幹線の中で、澄みとおる青空に白く雪の映える富士山を見た。

山野を大きくまたがる鮮やかな七色の橋を見た。


◇私は、これまでの人生で、ひとと関わるなかで生きていくこと、

つながりを広げていくことをあまり体験していない。


一番の理由は、自分はなにものなのか、がわからなかったこと。生き方を知らなかったこと。


ようやく仏道という生き方に立つことができて、

この先をひととの出会い・つながりのなかで伸ばしていこう(伸ばしていっていい)という思いが持てるようになった、気がする。

正直、戸惑いもあるのだけど……(笑)。

仏者としてなら、ひととともに生きていってよい。生きていける。

私はようやく自分の生き方、自分自身のありかたにゴーサインを出せるようになったのかもしれない。


◇都内の劇団さんの劇場を下見にいった。

これも、最近出会った人とのご縁で運ばれた話。

この場所で、坐禅をやるのか、トークライブをやるのか、その他の集会をさせていただくのか。


駅でわかれて、階段をのぼる。

ちょうど夕刻で、ホームに差し込む光を感じた。

西をみやると、均質のあかねに塗られた富士山が、肩に白い夕日をとまらせて座っていた。


このとき、この場所の一点からだけ見える美がある。

一歩でも位置をずらせば見えない美が、この世界にはある。

そして、一歩でも道を踏み外せばけして出会えない美しい人たちも。


それ以上は言葉にならない。 
最近は、言葉にならないものをたくさん感じている。

いろんなものが動いている。


ふたたびインドへ

11月12日
いよいよインドゆきが確定した――。

12月半ばから年明けの中旬まで、インドに行ってきます!

今回の目的は、前回訪れたときに共同で立ち上げたNGOの活動に加わること。

具体的には、幼稚園の経営と、今準備中の小学校立ち上げに立ち会うこと。

そして、深刻な問題になっている水の汚染について、実態を知ること。

他にもいくつか、大切なミッション(使命)がある。


帰国して2年たって、急きょインド帰り(ナグプール=竜宮城帰り)が実現した。
 

これまでは、三つの難題にひとりで直面していたように思う。

ひとつは、寺・宗派・仏教内のあらゆる伝統に属さない、ひとり立つ出家僧として生きていく難しさ。

帰国した時は、「野垂れ死にするかもしれない」 と覚悟していた。


もうひとつは、仏教によって身を立てていくことの難しさ。

どこに場所を見つけて、どうやって人さまにこの仏教を伝えていけばいいのか、

それで生活していけるのか、というところが難題だった。

(ちなみに私は、伝統仏教が語る “お布施” という概念に同意しない。

布施というのは、慈しみの心に基づいて差し出すことを意味する。
だから、葬儀や法事といった“カタチ”の見返りとして受け取るこれまでの風習は「布施」と呼ぶにふさわしくない。

僧であれ、仕事人であれ、自然界の生き物であれ、
何かを差し出して、何かを受け取り、それで命を支え合っていくのが摂理である。

その意味で、差し出す側に たしかな意味の見えない これまでの「布施」のあり方は、筋が通らない、と私は考えている。)


あくまで何かひとさまの役に立って、その対価として何かを受け取ってこの身を養う。それが原則。

見えなかったのは、「自分にとってのこの仏教が日本の人々の役に立てるのか」 という点。

2年がたって、ようやく、どうやらすこしはお役に立てるらしい、というところが見えてきたように思う。


三つめの難点は、日本での活動や、インドでの活動を続けていくための経済的な余力である。

活動を広げていくにも
(もちろんその目的は、まだ出会えていない、それでいて何か新しい生き方・発想を必要としている人たちにめぐりあうためである)、

インドに渡って、彼らのために、彼らとともに、働きを尽くすにも、

経済的な元手がいる。でも、その部分をどうやってまかなうのか。

この部分は、今なおクリアしきれていない。

だから、当然、インドに渡るのは当分先だと思っていた。

急きょ実現することになったのは、やはりひとさまとの出会いがあり、かの人たちの善意のおかげ・たまもの。

背中をぐいと押されて、日本を旅立つ感じ (^ー^*))))。


かの地に渡れば、私はいそがしく働こう。

現地の水汚染は、急きょ浮上した深刻なテーマ。

かの地に、日本の水の浄化装置を導入して、彼らが自分の手で飲める水を作れて、それを飲み干せるときが来たら――と夢想する。

飲める水を飲めることほど、人間が幸せを感じる瞬間はないのではないか。

その歓びにかがやく顔を見てみたいと思う。

すぐの実現は難しいけど、きっと実現できる。

あきらめないで少しずつ前に進んで行きたい。


今回は、滞在は長くないが、いくつもの重要なテーマを持っている。

現地でどのような出来事に向き合うことになるのか――このブログで報告したいと思います。


この命は、自分ひとりのものではなく。

ひとが生きるのは、自分ひとりのためではなく、
誰かとのつながりの中で、たしかな役割を果たすためにあるように私は思う。

お役に立てますように――。