仏教講座スケジュール

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インド帰郷5 道の孤独

12月27日

◇チェンナイ郊外の村を訪問。この村には1万3千人の村人が住み、そのうち十分の一が仏教徒。熱心に活動しているのは6家族。

彼らが新しい土地を買って、簡素なビハールと僧侶滞在用のクティ(ちっちゃな家)を作った。僧侶はいない。残りの敷地は緑ぼうぼうの更地のまま。

協会の理事長さんほか主要メンバーと会う。みなでビハール最初のプージャ(供養式)をやる。座り方からガイドする。

それからダンマトーク。彼らは仏教の話を聞く機会がほとんどないので、五戒文(殺生しない、盗みをしない、といった仏教徒の基本ルール)を唱えるくらししか知らない。“マインドフルネス”の話をしても、ポカンとしている。

どんな状況にあっても、ものごとを正しく理解できれば、心の葛藤は消える。信じるのではなく、正しく理解しようと務めること。理解の先に悟りEnlightenmentがある。ブッダはそういう道を示した人。理解を育てる基本の方法がマインドフルネス――といった話をする。


◇ちなみにこの地で仏教を語ると、いろんな反応が返ってくる。たいがいの場所では好評。みな嬉しそうな顔で見送ってくれる。

ただ複雑な反応が返ってくることもある。ある村で話したときは、村人の老父のひとりが、「なんで地元の言葉(マラティ語)で話をするんだ(英語なんか話して)」とクレームがあった。

彼らからすると、村に坊主が訪れたことなど一度もない。仏教の作法なんか知らない。せっかく集まったのに英語で話されるなんて……ということらしい(通訳してもらっているのだけど(^^;))。

なるほどな~と思った。彼らの心情は理解できる。たしかに好感をもてる外国人というのは、現地の言葉を話せる人(山形弁を話すアメリカ人とか)。心情はどこの地でも同じである。

「気持ちはわかります  I understand your feeling.. ただ私がマラティ語で話せるようになるにはとても時間がかかります。まずはこの出会いをエンジョイするよう心がけてみませんか。坊さんが初めてきたということ、こうしてお互いに出会えたことって面白いことだと思わない? 出会ったことをまずは楽しみましょう Let's just enjoy seeing each other」という話をする。

あとで聞くと、小難しい反応をしたのは一部の老父たちで、子供や女性たちらほかの人々には好評だったらしい。ラケシュがいうには、あの村には教育も普及していなくて、人々の意識は古いまま。でも初めてお坊さんの話を聞いて、みななにかを考える。あのお坊さんは何を伝えようとしたのか、って。それがすごく大事だ、と言う。

「メッタ (マイトリ、いつくしみ)」 という言葉も、村人ははじめて聞いたという。


あの村の何人かでも、また今日訪ねたこの地でけなげに頑張る村少数派の仏教徒たちも、
この新しい言葉を覚えて、それを日頃の心のよりどころにしてくれたら、と想う。

こういう仕事が坊さんの仕事。地味な仕事だけど、人の心に小さな花を咲かせることができるかもしれない仕事。


◇インドの地は言語もバラバラ、人々もバラバラ。ひとに譲るより自分を優先させる、都合の悪いこと(ゴミやミステイク)は適当にほっぽり出すという、(正直あまりにひどいと思ってしまう(笑))文化がある。

田舎の村にいけば、合理とは無縁の、因襲と盲信の中に眠るように生きている人々がいる。彼らにとってはラーマやクリシュナといった神々は“実在”する存在であって、カーストも輪廻も、当たり前の真理として脳裏にこびりついている。

文字も読めない人々がたくさんいるのである。本を読んで考える、という営みからはるかに遠い意識を生きている。

こうした現実が2500年以上昔からきっと変わらず続いている。それを想うと、ブッダという人は、この地で何を感じていたのか、という疑問が自然にわいてくる。ブッダがたどり着いた理解というのは、インドの人々からはあまりにかけ離れていただろう。そのことはブッダも承知であっただろう。だから仏典にあるとおり、伝道を最初はためらったのかもしれない。

インドの現状と比較して、仏典に残るブッダの思想はあまりに合理的で澄みきっている――。

人々は、ブッダのことばを理解していたのか。仏典のエピソードをみると、仏弟子や人々が理解できなかった(反応さえしなかった)話というのもたくさんある。ブッダは教えをあまさず説いたが、人々は理解できなかった――そういう場面がおそらく無数にあったのだろうと思われる。

ブッダは自分の理解が人々にも同じように理解されるだろうとは到底考えなかっただろう。自分亡きあと、人々は、この盲信の眠りのなかにただ戻るだけ――そう知っていたのだろうと思う。

それでも、伝えるべきもの、ダンマを伝える。伝えるべき真理はそれ以外にないから。

伝えたあとでそれがどうなるか、人々がどう受けとめるかは、自分が計らえるもの(領域)ではない。

そういう諦念(あきらめ)があったのではないか、と思える。


たどりついた真理以外に自分が伝えるべきものはない。だから、ただ伝える――。


孤独な人だったのだろうと想う。


インド帰郷4 ホーム

12月24日

午後2時発の予定が、堂々の6時間遅れでナグプールからチェンナイへ。

チェンナイに着いたのが午後2時(つまりは所要18時間)。お迎えの男2人と一緒に乗り換えてさらに1時間。そこにもお迎えの男たちが2人ほどいて、総勢6人(ワスが同伴)で目的の会場へ。

今日はもうひとつカレッジの学生たちとのミーティングが予定されていたのだが、列車が遅れたため、二つめの予定のみ。大きな会場を借りきってのセレモニー(日本でいうなら法要)。

ダンマトークをと言われたので、つい最近まで地球を周回していた日本人宇宙飛行士の話をする。彼は高度4百キロ(!)もの上空で時速2万キロを超える速度で地球をわずか90分で回りながら、数百を数える難しいミッションを数ヶ月かけてクリアする。

彼が宇宙で使命を果たせるのはなぜか。個人の能力の高さはもちろんだが、何よりの理由は、還る場所――地球――があるから、とはいえないか。

還る場所があるから、どこまでも自由に進める。難しい作業に集中できる。

彼はどこに還るべきか、どうやって戻るべきかを熟知している。その上での至難の芸当である。

我々にとってのダンマとはそういうもの――戻るべき場所。我々のホーム。

ホームを失ってはいけない。損ねてはいけない。もし失ってしまったら、この過酷な世界の中で我々は再び迷子になってしまう。ブッダやババサブが現れなかった頃の暗黒の社会へと戻ってしまう。

今日のセレモニーは、いわば我々の帰還する場所――ダンマ――を確かめ合う場所。我々はつねに、ダンマに沿って生きているか、ダンマに基づいて活動しているかをチェックしなければいけない。

ダンマさえ足元にあれば、我々はどこまでも自由に活動していい。我々の活動の目的は、インド社会の苦しみをダンマを駆使して解消すること。そのためならどのような方法をとってもよいのだ。ダンマに基づくかぎり。人々の苦悩の解消に役立つかぎり――。

そんな話をした。チェンナイはタミル語という、ヒンディーとはまったく違う言語・異なる文字を使う人々の街。同伴のワスさえ言葉がわからず狼狽していたくらい。この地ではヒンディーより英語のほうが通じるのである。

そのあと、主催者の家で食事。食べ物もナグプールとは違う。ライスを蒸しパンみたいに丸めたもの。家の女の子たちが覗きにくる。インドの子どもたちの瞳は、宝石が三つくらい入っているかのようにきらきらしている(☆▽☆)。

帰りの夜は、初めて出会った篤実なインド仏教徒たちと電車に乗ってガタコト――。なんだかこの三年半もずっとインドでこのような活動をしていたような気になる。たぶん、十年、数十年とこの地で活動していれば、それこそあっという間に一生を終えてしまうだろう。それくらい変化に富んだ濃密な時間がここにはある。

駅舎に泊まる。インドは空気も水もはっきり言って清潔とは対極にあるし(というか衛生観念というものがシャットダウンしている感がある(笑))、言語も食べ物も州・地方によってまったく異質になる。


「この地で生きていくのは大変だな~」というのが実感(笑)。


佐々井師はこの苛烈な土地で46年も生きてきたというのか。驚く以外にない。

インド帰郷3 希望の水

12月23日

◇ナグプールマップを作るために、市内を回る。トラの保護地区の森をドライブしていると、目の前に血まみれの老婦が倒れている。家族らしき女性はパニック状態。助手席に座っていた私に「バンテジー!(お坊さん!)」

ただちにメンバーたちと老婦を抱え上げてバンの後部席へ。ディパックが冷静沈着に老婦を抱きとめ、「バイ?バイ?(お義母さん)」と泣き叫ぶ女性を同乗させて急遽発進。日本のような救急体制はこの地にはない。ラケシュが車を運転。バンに乗っていたワスほか二人は車を降りてバイクで後に続く。流れるような連携。誰が何を語るまでもなく、みな何をすべきか知っている。

あとで友たちがいうには、家族が路上で助けを求めても、ドライバーたちは警察沙汰を恐れて止まってくれなかったそうだ。坊さん(つまり私)が乗っている車なら助けてくれるだろうと思ったという。警察も坊さんが乗っている車に目をつけはしない。僧であることが意外なところで役に立った様子である。

病院に運び込む。脳挫傷で、意外な重症らしい。老婦は車内で吐いてしまって、抱きとめていたディパックのワイシャツとズボンは血と吐瀉物で汚れてしまった。それでもディパックはイヤな顔ひとつしない。このチームは尊敬すべき仲間たちで作られている。新しい服一式をディパックにプレゼントした。


◇日本ポリグル社からいただいた水質浄化剤を、いくつかの場所でデモンストレーション。反響が大きい。インド全土で水の汚染が問題になっている。“ポリグル”は、池・川・井戸の水を汲み上げて、浄化剤(粉末)を攪拌するだけで汚染物質が凝固、沈殿するという画期的なもの。浮遊物が舞う水がみるみる透明になっていくのをみて、みな笑い出す。この浄化技術は、これまでの濾過という浄化法とは、原理・発想がまったく違う。私が飲んで見せるまでもなく、みなためらいなく飲み干す。

水の汚染で困っている人々に優先的に頒布する、利益が上がる段階になったら、何割かを地域改善に役立てる、利益の活かし方としてコミュニティ全体のインフラ整備・保険・基金などに当てる、あるいは社会活動を頑張っている篤志の団体・個人を表彰する、奨学金にあてる、といった方向性を話し合う。

この幸運を次の善き価値の創造へ――この地の団結力と技術力と正しい動機をもってすれば、かなりの成果が見込めるだろう。

ポリグル社のバングラデシュでの活動を特集したテレビ番組をみな熱心に見ている。「ポリグル」「オダセンセイ」を覚えてもらった。

いくつかのハードルがある。ひとつは政府の認可(ISI)を得ること。これは可能らしい。もうひとつの壁は、「市場で売る」こと。インドの飲料水市場は、ヴァイシャ(商人)カーストで寡占されている。上位カーストの事業に割り込もうとすれば必ず妨害されるという(このあたりはほかの国とは違う事情がある)。

まずはウダサ村からスタート。近郊村落での頒布。地域限定で売ることは難しくない。もし「売る」ことが難しい状況であれば組合形式にして会費を集めるという形ではどうかという話。いろんなやり方があるだろう。「ステップ・バイ・ステップ」で状況を変えていけばいい、という話。


すべては「オダセンセイ」が来てからの話。この新しい水プロジェクトは、インド社会に大きな慈雨をもたらす可能性を秘めている。成功を願う。

インド帰郷2 「たこやき、知ってる?」

12月20日

◇朝、学校 (GenuineDhammaScholarConvent の子どもたちにあいさつ。3歳から5歳半。総勢110名。

みな近郊村落の子どもたちで、家庭は裕福ではない。月の授業料は100ルピー(160円)。その額も払えない家庭もあるという。朝8時から昼すぎまで授業。全部英語。

“Do you understand English?” (英語はわかる?) と聞くと、”Yes!” と元気な声が返ってくる。

“Do you like school?” (学校は好き?) “Yes!”

“Are you hungry?”  (お腹すいた?) “No!”(おおっ、分かっている!)


日本から持ってきた“うまい棒”を配る。

“Japanese school kids like this snack very much. Do you want to try it?”

(日本の学校の子どもたちが大好きなスナックです。食べてみたい?)

“Yes!”

3種類の味がある。

“Do you know cheese?” (これはチーズ味。知ってる?) “Yes!”

“Do you know Takoyaki?” (たこやき、知ってる?)  “No!”

“Do you know Mentaiko?” (明太子、知ってる?)  “No!”(そりゃそうでしょ(笑))

“Do you wanna try?”(食べてみたい?) “Yes!”

インドの村には学校がないところもたくさんあるし、あっても公立校の教育レベルは相当低い。だから裕福な家庭の子供たちは私立に通う。ただ村落の子どもたちは親が貧しくてその機会はない。だから友たちは自分たちで幼稚園を作ってしまったのである。

土地を購入できれば、小学校、中学校と建設する予定。すでに市内には、大学生・卒業生のための寄宿寮ができている。もちろん今は大赤字。メンバーたち(ワスやラケシュ)はみな農家。維持費のけっこうな額を自腹で払っている。それが喜びなのだという。

12月21日

◇インドが面白いのは、人のキャラクターが“読めない”こと。

見るからに極悪人らしき目つきの悪いヒゲもじゃの中年男が、全インドに名の知れ渡った人気俳優だったりする。

今朝会った“おっさん”は、ステテコ姿で目の前であくびをし鼻くそをほじりながらワスと私と話をしていた。実は彼は、インド初の仏教チャンネルの創始者である。今や全インドで放映されていて、テレビチャンネルをひねれば仏教関連の番組が見られる。

商業コマーシャルは入れずに、寄付を募る。そのため赤字が続いている。どうすればいいと思うかと聞くので、ダンマワーク(いうなれば社会事業)をしている企業を宣伝すればよいのではないかと伝える。売り方の問題。「私もそう考えていた」とうなずく。


その日の夕刻には、ワスと私は、その仏教チャンネル(The Lord Buddha TV)のスタジオにいた。番組に出演することになっちゃったのである(笑)。台本もインタビュアーの英語もいい加減で、このあたりはインド的(笑)。途中ひとが入ってきたり、誰かのモバイルが鳴り出したりとこのあたりはもっとインド的(^□^;)。

「ババサブ(アンベドカル博士)の著作『ブッダとそのダンマ』の印象は?」

「あなたの僧侶としての活動の目的は何か?」

「仏教が滅びたインドでこれから仏教を広めていくにはどうすればいいと思うか?」

といった質問に答える。

最後に「日本語でインドの人たちにメッセージを」。

(何言ったか忘れた(笑)。ブッダテレビ見てね、という内容だったか(笑)) 


◇そのあと、最初(6年前)にインドに滞在したときに出会った人の家を訪問。

あの頃は、私はこの先の人生をこの地で生きていくのだと覚悟を決めていた。当時の自身のひたむきさ・仏教という新しい道への信頼を思い出した。嫁に行く女性のつつましい心境とはこういうものかと感じたものである(笑)。


インド社会は変わらないし、インドの人々も変わらない。

平気でウソをつく・だますしょうもない人間もいるが、この地で私が知る仏教徒の人々はみなとにかく敬虔で、情熱的で、ひとを信じる。


ただ、大きく変わってしまっていた関係もある。 
ひとは、うつくしく年をとるのは難しいものらしい。


インド帰郷1 奇跡の中へ

12月18日
バンコクからカルカッタへ。

カルカッタのアウラ駅から、ラケシュに電話を入れる。声を発せば、すぐに“ジャイビーム”の声が返ってくる。変わらぬ澄んだ声である。このあまりに広い世界の中でこれほどに誠実な友情をみつけるのは果てしなくむずかしい。インドで彼らに巡り逢えただけで、私の人生はめったにない奇跡を得たといえるのかもしれない。

カルカッタから18時間(夜9時55分発→翌日午後4時着)かけて、いよいよナグプールに到着。

GDI(GenuineDhammaInternational:私たちの組織)のメンバーが駅で迎えてくれた。3年半ぶりである。

ナグプールの街はほとんど変わっていなかった。駅前のオレンジ市場も、甚だ煤けた外気も、まったく気遣いというものに無縁に見える不躾なインド人のふるまいも(容赦なくホーンを鳴らし、啖を吐き捨て、埃の舞う中に料理を晒し……)。


車に乗って、最初に向かったのが警察署。警察署長が仏教徒で、メンバーの友だち。ふっくら顔の人のよさそうなおじさん。

(ちなみに後日会った州政府の役人たち(女性含む)も、みな人当たりがすこぶるよい。あとで聞いた話だと、みなマハール・カーストという不可触民出身だから偉ぶらないのだという。バラモンカーストの横柄さはこの南部マハーラシュトラ州ではほとんどみられない。この州の9割以上はマハールだそうだ。)


そのあと、GDIの学生寮へ。生活しているのは大学院生。法律専攻も文学や福祉専攻者もいる。大学講師をやっている男性が寮生の勉強を見ている。「1日13時間の勉強が義務」と壁紙に。朝3時半にはみな起きる。

「集中力を上げるにはどうすればいいか」「ひと前で緊張してしまうのだがどうすればいいか」といった質問が。

気づきMindfulnessの力を上げる、ひとに話そうとする(ひとを見る)のではなく、自分の内に向かって語りかけるようにする、といった話をする (このあたりは、日本での経験が役立ったか(笑))。

とにかく、みな敬虔・まじめ。この寮にいる青年たちは、郊外の貧しい村落出身者で、この寮がなければ学業を遂げることができないという。この寮の生活費は無料。建物のオーナーが全額支援している。そういう篤志家はこの地にはわんさかいる。


そのあとさらに、GDIのセンターへ。これまた3階建ての瀟洒な建物。こっちは公務員試験をめざす20代前半の女性たちが一緒に暮らしている。彼女たちも無料。けっこうな額をGDIのメンバーが負担している。最年長者のワスが言うに、

「今支援することで彼らは社会のリーダーになれる。そしたら、支援した分は十分返ってくる」という。

日本人が泊まれる部屋もある。GDIを最初に作ったウダサ村にもゲストハウスを建設中。


そして3年半ぶりに、ウダサ村へ。ここが私の第二の故郷(出家した身にすれば第一の故郷かもしれない)。3年半前はただの平屋だった建物が、110人の子供たちを抱える英語学校に変わっている。さらに6500平方ftの土地を借金してまで購入するという。

「今買っておけば、次の世代が使ってくれる」と40歳のワス。
「フォロワーはいらない。社会のリーダーを育てたい」
「ババサブ(アンベドカル博士)のおかげで法律はできている。あとはそれを執行する上層の公務員を育てたい」という。

なんというか、鋼(はがね)入りの情熱なのである。


想像以上に、メンバーの活動は先に進んでいた。土地購入にあと20万ルピー(32万円)足りないという。「トライ、トライ、トライ(とにかくがんばる)」と笑っている。日本から持ってきた寄付金は15万円。1年カンパを募ってけっこう集まったと思っていたが、こっちに来てみると……(笑)。


とにかく、動きが大きい。速い。これがインドの友たちである。20年前にババサブの本を読んで、弟ラケシュたちを教育し始めた最年長者のワスは、時間があるといろんな場所に出かけて人に会いネットワークを広げている(その活気あるつながりぶりはフェイスブックの比ではない(笑))。ラケシュはウダサ村の自治会長として広い人脈と影響力を持っている。その親友のディパックは、独学でカレッジに進み法律を学んだ。佐々井師の秘書を務めたこともある。

彼らを中心として、ナグプールにはインド社会の改善をめざす仏教徒たちの幅広いネットワークがある。弁護士も会計士も州政府の高官も警察署長も医師の青年団も学校・研究所・大学の経営者もいる。

ナグプールに身を投じれば、瞬く間に、彼らとつながっていることを知る。彼らはダンマを求めている。

ダンマ(法・真理。仏教の別称)とは、彼らにとって、インド社会を効果的に変えるための知慧であり、心の支柱である。

この命に求められている役割は、ダンマを語る口であり、ダンマを実践する身である。

かっちりとこの身がピースとして埋まるのを知る。


これが龍の街ナグプールでの初日である。


※“うまい棒”は学校の子供たち(3歳から5歳)に無事配布。喜んでました。○○さん、とってもありがとう(^▽^)9

※この地と日本とがちがうのは、人々の社会改善への情熱と行動力かもしれない。たとえばナグプール市役所の福祉課長の女性は、二人の知的障害児を抱えたことをきっかけに自分で障害児用の福祉施設を立ち上げた。さらに古代のナーランダ大学のような仏教の総合大学を作りたいと語っていた。おそらく世の中をよくするため、人生に意味を持たせるために、やれることはたくさんあるはずなのだろう。それを見つけようとするか、行動しようとするか、という発想(生き方)の問題ではないか。

情熱と想像力と行動と――この地で出会う人々にはその三つがある。日本人は、できることを始めるより、できないことを数えたててフタをしてしまう発想に慣れているのかもしれない。

行ってきます!!!!!!と来年の興道の里

12月14日
◇最初に、来春の興道の里のスケジュールから――

●2月2日(土) 午後6時~8時半 
年初めダンマライブ 龍瞬、インドをゆく~インド再訪の報告会(スライドショー)と原始仏教のお話(ブッダに学ぶ新しい世の中の作りかた) 

★参加費無料!
せっかくの帰国後第一弾のライブなので、参加費は無料とします。みなさんお気軽にご参加ください。もちろんカンパ大歓迎です。

●2月9日(土) 午後6時~8時半 
仏教のきほんを学ぶ講座・改訂版 
昨年実施したシリーズ講座(全6回)を、部分的に内容を改めてお届けします。前回出られなかった人・改めて学びたい人向け。

※全4回の日程  2月9日、23日、3月9日、23日  いずれも土曜日 午後6時から
※参加費 一括6000円 単回1700円

●2月13日(水) 午後7時~9時  
仏教のきほんを学ぶ講座 

土曜の講座に出られない人向けに、平日夜に開講します。仏教の全体像と、実用的な部分を学びたい人にオススメのシリーズ講座。仏教の本質・基本を、わかりやすい言葉で学べます。

※全6回の日程  2月13日、20日、3月6日、13日、27日、4月3日 いずれも水曜 午後7時から
※参加費 一括8500円 単回1700円

※4月からは月に2回のペースで、通年の仏教講座を実施する予定です。仏教をこれからの生活の指針として役立てたい人、この場所で新しいヨコのつながりを育てたい人はぜひご参加ください。

◇ブログ日記――出家、日本をゆく

12月14日
いよいよ、インドに向けて出立の日となった。

午前は、NHK学園の講座。お昼に生徒さんがお茶会を設けてくれた。

「先生はまだ若いから、私のケーキも食べてください」とお二人に言われた。ひとりは糖尿病。糖分は控えねばならないからという(ならばなぜケーキセットを頼むのか……)。

ひとつは残して二つ食べたが、あとで気持ちが悪くなった(@△@;)。

楽しいサークルと化しつつある。仏教を通すことで、子供からシニアの人まで、幅広い関係を作り出せる。“これこれ(^w^)”という感じ。
この道(仏教)は、私がやっとこさたどりついた理想の職業である。

それからゴロゴロとキャリーバッグを転がして成田空港へ向かう。

今回の、インドナグプールへのお土産は、

①大阪ポリグル社からいただいた、水浄化剤10キロ!
これはすごいのである。
これだけで4万リットルの飲み水が作れるらしい。

インド現地の人々が、これを見たらなんと反応するだろう???

この成果をさずかっただけでも、この二年間日本で地道に活動していた(生きてきた)意味はあったというべきである(-人-)カンシャ。


②一年で集まったカンパ○○○○円!!!!
こりゃまたありがたい話である。

この一年、教室で募っていたカンパをまるごとインドに持って帰るのである。

小さな額からまとまった額まで、さまざまな人がご善意を授けてくださった。

それを持って帰れる。みんなに書いてもらった色紙の寄せ書きとともに。


③“うまい棒”3連発!!!!
こりゃ~ありがたいのか、今もってナゾ(?)の部分がなくもないのであるが(笑)、

里人(教室に来てくれているひと)のおひとりが、
至急宅配で送ってくれたものである。

中身は、「たこやき味」「チーズ味」「めんたい味」の3種類――。

……はて、インドの子らはどう反応するのか???

まあ、食べさせてみっぺえ、という感じで、バッグに詰め込んでゴロゴロ――。

(成田空港にボブ・サップがいた)


ということで、日本に渡って2年目にして、ついに、ようやく、
インド再訪のときが来たのでありました!


インド・ナグプール(龍宮城)で何を見るのか――?


時間をみつけてブログで報告したいと思ってます(どうなるかわからないけど)。

ともあれ、今回のインド再訪にご協力くださったみなさん、
ほんとうにどうもありがとうでした!

では、行ってまいります!!!


(かなりタイムラグあります。もうインドに着いてますから(笑))

クリスマス前夜祭PART2

12月13日

8日の第2部は、神楽坂から四ツ谷に移動して、ワークショップ。

前半は、講座で学んだ仏教的な考えを活かして、

日常的な“問い”をみなで話し合うグループディスカッション。

「思いやりとお節介のちがいは?」

「別れようとする相手を引き留めようとすることは正しいか? 
 引き留めるとしたら、どうするのが正しいか?」

「善と偽善とをどう見分けるか?」

「我欲と慈しみは両立しない。それはなぜか?」


といった問いを、グループで考える。

一見むずかしく聞こえるけど、
グループでとりくむと、それなりに糸口がみつかって、話が進んでいく。

仏教を学ぶと、それなりの答えがすっと出てくるようにもなる。

逆に言えば、こういう問いに答えを出せるようになるのが、仏教を学ぶ目的のひとつだといえるのではないか。 “智慧”をみがくのが仏教である。

(ちなみにたとえば、善か偽善かは“相手の反応によって決まる”。相手(関わり)次第。いくら自分が善(よかれ)と思っても、相手にとってはいい迷惑・ただのお節介ということもある。他方、自分の中に打算・計算があって、一面偽善にみえても、相手がそれを必要としてくれているのなら、それはやはり善ということになる。すべてを自分の立場で決める必要はないという話。相手にゆだねればいいという話。)


後半は、寄せられた“マイテーマ”(自分自身の課題・悩み)をグループで語り合う。

ふだんは、講座・法話という形で、仏教を一方的に話す時間が多いのだが、

今回は、ほとんど参加者の語り合いで進んだ。

答えがまとまったら、発表してもらう。いろんな体験・意見が出てきたことを知る。

私自身、すごく勉強になった。みな、いい体験をしてる。真実をもってる。楽しかった!

終わって、みなで記念撮影。


転職した人、今夜誕生日だった人がいる。

ほんとは、時間のなかでお祝いしたかった。


参加者のひとりが、クッキーを差し入れに持ってきてくれた。
お手製のクリスマスツリーも(仏教なのにいいのかって? いいんです、愛があれば(笑))。


そのあとは、わらわらと歩いて近くのファミレスで懇親会。

いつの間にか、友だちが増えたな~という印象。

今年何がしあわせだったかって、やっぱりこういう親しい関わりが増えたこと。


この場所は、友情を育てる場所なんだな、と感じた。


お互いに顔も名前も覚えて、この場所に来れば何かしらの発見と再会と親睦とがあって、という場所。

宗教としての仏教ではなく。

きちんと日々をまともに生きるための心の態度・考え方を学ぶ場所。


来年は、月に一、二度のシリーズ講座をつくる予定。

定期的にワークショップも開こう。

たまには、近郊にドライブに行くのもよいかもしれない(やっぱ実現したいのは、里山ツアー(*^^*))。


今夜で、今年の興道の里はほんとにおしまい。また来年。 


今年出会った人たちが、よいお年を迎えられますように。 
また来年、変わらず、よき友として再会できますように――。

みんな、みんな、ありがとう。

よい年越しを! (その前によきクリスマスを!――いいんです、愛があれば) 


龍宮城まで、あと1日――。


クリスマス前夜祭PART1

12月9日

年内ラストの講座が8日に終了。

午後は、クリスマス映画を見ながら、“愛”の意味について考えた。

アメリカ映画『NOEL』のワンシーン。

主人公は、独身の中年女性(スーザン・サランドン)。

かつては結婚して子供もいたのだけど、その子を病気で失ってしまった。そして離婚。

あとは心閉ざして、ただ痴呆症の母親を介護するだけの孤独な日々。

その母親の隣の病室に、寝たきりの末期の男性患者がいた。

見舞う人は誰ひとりとしていない。薄暗い病棟にひとりきり。

その姿を見た女性は、思わずひとこと“I love you”とつぶやく。


女性には、クリスマスイブなのに、一緒にすごせる伴侶も友人もいない。母親には表情すらない。

氷が浮かぶ河のほとりにたたずんで、じっと凍てつく水面を見つめていた。


「何してるんだい?」と、不意に隣から声がする。


いつの間にか、男が立っている(ロビン・ウィリアムズ)。

さっきの病室にいた。孤独な男性患者の親戚だという。
 

“I love you”の言葉に愛を感じたという。


元神父だというその男性は、いつしか神が信じられなくなって神父をやめてしまった。と同時に信仰も失ってしまった。あとは独りきり――。

きみが飛び降り自殺でもするのかと思った、と笑う男。

男は女をお茶に誘う。せっかくのクリスマスイブだから。ひとりでいるのはあまりに寂しいから。

女は、自分のアパートに男を招く。一晩語り合う。


クリスマスの朝、男はおもむろに不思議なことを言いだす。

「昨日、きみの母親と話しをした」

「お母さんは、きみに自分の人生を生きてもらいたがっている」


もちろん、痴呆が進む母親に言葉が話せるはずもない。

女は男に不信を抱いて部屋から追い出してしまう。


ところが、ベッドに、男が置いていった十字架のネックレスがあった。

女はそれを返そうと、病室に向かう。あの孤独な男性患者の親戚だと言っていたから。

ところが、病院にいって看護師に聞くと、そんな人はいないという。

男性患者に身寄りはいない、と。


そんなはずはない。昨夜の男はそう言っていた。


その男の名を看護師に告げると、「その人ならあの患者さんです」

信じられない思いで、暗がりの中の患者をみつめると、たしかにあの男である。


昨夜、あまりに孤独に見えて思わず“I love you”と発したその相手。

それが昨日氷の川のほとりに現れたあの男だった――。


男は、死を待つばかりの病室で、不意に“I love you”の声を聞いた。

それに心動かされて、クリスマスイブの夜に女のもとに現れた。 


もはや言葉を発せない母親の心情を伝えるために――。


女は、真相を知って、患者の手を握り締める。「あなただったのね」

「もう無理しなくてもいいの」


クリスマスイブの夜に、女性は独りきりだった。

男の患者も独りで寝たきりだった。

表情をなくした母親もまた独りきりだった。


女性にとって、母親の言葉を告げに現れた男は、孤独を溶かす天使だったであろう。

男の患者にとって、ひとことの“I love you”は、天国に迎えられる前のこの上なくあたたかな贈り言葉になっただろう。

痴呆の母親にとっても、自分の思いが娘に伝わったというのは、これ以上ないクリスマスプレゼントになったことだろう。


ひとは孤独である。

でも相手の孤独に思いをやるだけで、その孤独は氷解して、あたたかな喜びに変わる。

人々がクリスマスに期待しているのは、そういう、通じ合える奇跡 なのかもしれないと思う。


一年に一度、そういう奇跡が不意にかなう夜がある。

それがクリスマスイブ――。


もしひとが、この冷たい冬の夜の孤独に思いを贈って、

心が通じ合うことの暖かさ・喜びというものを思い出せるとすれば、

それは悪くない習慣である。


仏教にはクリスマスはないけれど、

しかしクリスマスを“追い出す”こともあるまいと思う。


この星には、幸せを感じさせる上質の文化・物語がたくさんある。

どうせなら、たっぷりと、この暖かい冬の奇跡を味わってみるのはどうだろう。

通じ合うこと・思いを寄せ合うことの暖かさを思い出そうではないか。


クリスマスには、この世に無数ある寂しさに想いを贈ろう。

そして、あなたが幸せでありますように、と街を行き交う人々に想いを贈ろう。

それだけでも、こころあたたまる気がする。


友よ、みな――

12月2日
月に二度の代々木での炊き出し説法の日。

めっきり寒くなった。
午前に会場にいくと、顔なじみになったホームレスのみなが待っている。
ひとりひとりと挨拶して立ち話。

何人かが、賽銭を入れるちっちゃな筒を、私のほうに「チャリチャリ」と振って鳴らしてみせる。

この炊き出しの会は、とある仏教団体が主宰している。

災害救助・支援にとても熱心な団体で、
今回のアメリカ・サンディ台風の被害支援を日本でも募っている。

前回、ホームレスの人たちに、賽銭筒として使えるお汁粉の缶を配給したのだ。
彼らはその缶におカネを入れて持ってきてくれたのだ。
それを私に見せてくれた。にんまりしている。

いつも手話で「オンナ、好き」を繰り返す男性(言葉を話せない)は、今日はエスキモーみたいなフードつきの防寒着でいる。

私のほうをみて、いつものように、嬉しそうに、小指を立て、両手で輪っか(ハートマーク)を作って、「オンナ、好き」 を繰り返す。

何ヶ月か前に、彼と最初に会ったときは、意味がわからなかった。
手話が分かる人に意味を聞いた。

「バッカじゃないの!」とこのときは笑った。

彼は、ほんとうに人なつこい、目尻の下がった笑い顔を見せる。

今では、私も、彼にあわせて、「オンナ、好き」の手話をやる(おいおい)。
彼とのあいさつになってしまったのである。

他に、スマホを何台も持ち歩いている(私よりカネ持ち?)沖縄出身の男性。

昔の『週刊プロレス』の編集長に髪型が似ていて(わかんないか。頭頂部の髪がなくて、耳からの毛が長い)、「よっ、編集長!」と声をかけるとあいさつを返してくれるようになった男性。

最初の日は、背中のナマズの入れ墨をこれ見よがしに見せ、トランクス一枚で肩で風を切って歩いて見せて、他のホームレスにケンカを売りつけたかなり問題児の男性。

彼とはその日、つきっきりで話を聞いて、それ以来友だちになった。

二回目に彼が来たときは、いでたちをすっかりきれいに整えて、「こないだは失礼しやしたぁ」と笑顔で言ってきた。
「そのほうがむっちゃ男前やで(^▽^)」と私も関西弁で返した。

ほかに、「出家したいんです」と一年前に言ってきた初老の男性がいた。

「もう出家してんじゃん。出家って、英語の辞書ひいたらホームレスだよ」と返した。

彼は、仏縁あって、今は韓国の寺の寺男(使用人)をしているらしい。

いろんな人生を垣間見る。
毎回、200人から250人のホームレスが集まる。

最近はみな、いい笑顔を見せてくれるようになった。

スタッフの人が、私のインド行きを伝えてくれた。

マイクで、
「あと2週間で、くさなぎさんはインドに旅行します」
と言う。

ほかのスタッフが小声で、「(旅行じゃない)修行!」「仕事!」とあわてて言う。
その声が聞こえて、ホームレスの皆が笑う。

私の番になって、マイクを手に取り、

「とつぜん“旅行”することになったくさなぎ龍瞬です」

と言うと、大笑い。

「冷たさが応える季節になった。 
でも、この冷たさは、必ず終わりがくる。
寒い、寒いと言っているうちに、必ずあたたかい春が来る。
それを待とう。それはひとつの希望になる。

生きることの希望って何だろう?

仏教では、ふたつの希望がある。

ひとつは、よろこび(快・楽)を追求すること。

これは、大きなよろこびでなくてもいい。
今日これから食べるカレーのあったかさを、あったかいな、おいしいな、と感じること。それもよろこび。

自販機のとり忘れたお釣りを見つけるのも、よろこび(笑)。
そのときは「シメシメ」ではなくて、「(忘れてくれた人に)ありがとう」と感謝しよう(笑)。

この炊き出しも、ちっちゃなよろこびにしてもらうために、毎回やってる。

ほんとは、“熱燗(あつかん)”でもふるまいたい。冬の熱燗をみなで飲むのって、希望だと思わない?(拍手)。

でも、仏教ではお酒は禁物。私はお坊さんだから、熱燗はあげられない。お話だけ(笑)。

ちっちゃなよろこびを大切にすることと、

もうひとつの希望は、今ある苦しみのおしまいを迎えること。

人生に起きるどんな苦しみにも、必ず終わりがくる。
仏教には八つの苦しみがあるって、前回話をした。
どの苦しみも、死んだあとには持っていけない。
つまりは、生きている間だけ。必ず終わりがくる。

だから、苦しくなったら、「いずれ終わる」と思ってみよう。
この冬の冷たさも、必ず春の暖かさにとって代わるときがくる。そのときを待とう。

今日、ここに来たときに、賽銭筒を振って鳴らしてくれた人が何人かいた。
すっごくうれしかった。誇りに思った。

私は、この場所で善き友に恵まれました!

では、みんな、おいしいカレー食べてください。私は旅行に行ってきます!」 (爆笑&拍手)


カレーの配給のときも、ポケットから賽銭筒を取り出しておいていく人が何人もいた。
「わずかで申しわけないけんど」と、チャリンチャリンと落としていってくれる人もいた。

「ありがとう。うけとりました――」

正直、ここまでたくさんのホームレスの人が、サンディ台風のために布施を入れてくれるとは思わなかった。 

心が育ってる、と感じた。

食事後に、手塚治虫に似た鼻の大きな男性がやってきて、
「よいお年を」とハグ(抱擁)。

あるご夫妻は、生活保護を受けて大久保にアパートがあるのだけど、その部屋が自分たちのゴミで埋まってしまって、そこから「避難して」公園で野宿をしているというよくわからない二人。

夫の男性は、裸足にサンダル履き。「冷たくない?」とやらかいほっぺをさすってあげるとニコニコする。

妻の女性は、兵庫の山奥の両親が最近つづけて亡くなって、かなりこたえてしまって、郷里に戻るべきかどうか悩んでいるという。

「戻りたくて、戻れるなら、戻るのがいちばんじゃないですか」と言うと、
「そう思います」という。

二人して何度も何度も振り返っておじぎの挨拶して去って行った。

「また来年ね」

「インドは暖(あった)かい? いいよね~。来年待ってるからね」

とみな声をかけて去っていく。

今日の炊き出しは、いつにもまして笑いが多かった。
彼らは友として私と向き合ってくれる。
私もまた彼らを友として関わってきた。

一年やってきた。たしかに友情が育っているように思う。


夜は、引っ越しグッズの買い出しの続き。
この気分をたとえるに、新婚の嫁さんが買い物に行く心境か(ちがうか)。

俗の言葉を借りれば、ルン♪という感じである(すなおに楽しいといえ)。


今日出会ったホームレスのみなの顔を思い浮かべる。

新しく始まったこの暮らしが失われたらと想像してみる。 

もし私があの公園で今夜野宿するとしたら?

念を入れて、冷気を呼吸する鼻先の感覚に集中してみる。


今一瞬。何ももたぬ無の心に還る――。


仏道というのは、どんな状況であっても現実をもって満たされていなければならない。

その意味で、
いかなる執着も手放せる心を覚えておかなければいけない。


ご苦労なことだと思われるだろうか――。

ただ、この心はつねに保っておかなくちゃいけないのだ。

それが仏者の流儀である。

なぜか。

いろんな境遇に道を通じておくためである。 

友よ、みな幸せであれ。


シリーズ講座第1期修了

12月2日
◇10月から始まった“仏教のきほんを学ぶ講座”がついに修了。

あっという間だった。充実していた。濃密な(過ぎる?)関わりがあった。

それまでの単発の講座とちがって、みな腰をすえて向き合ってくれたのではないか。

単発だと、はじめての人もベテランの人もいるし、いきおいライトな雰囲気で突き進むことになる。

それはそれでよいのだけど、単発ではどうしても、知識が定着しない、継続性がない、という弱点がある。

その点、シリーズ講座では、継続性を前提に話ができる。
一度扱った内容について、メールの感想などをふまえて、次の回でさらにつっこんだ話ができる。

参加者同士の面識もできて、自然に親しくなった人たちもいる。

そして何より今回、扱う中身が、かなりバラエティに富み、しかもクオリティが高く、
その内容をみなが真剣に受けとめてくれたのを感じている。

最後の回は、内容がかなりバラエティに富んでいた。ほんとは、2、3回にわけてじっくりとりくむべきレベルの内容なのだろうが、そのなかでもポイントをしぼって紹介した。

(今回のシリーズは、いうなれば下地塗りの段階だ。ここから今後通ってきてくれる人たちとは、じっくりと本塗り・重ね塗りの講義をやっていきたいと思う。)

◇たとえば、こんな内容――

○「正しい生活」をつくるには、何が必要か。

たしかな方向性をもつこと――二分すれば、快(よろこび)を追求するか、今の不快(満たされなさ)を解消することをめざすか。 どちらも人生のテーマになりうる。

小さな喜びを意識して追求すること。
スケジューリングなど生活に“秩序”を意識してもりこむこと、
よき友(関わり)を大切にすること――。


○仕事については、“正しい動機” が何よりも大切になること。

関わる人への貢献。貢献を歓びにできること。

○ミスしたときの“謝罪”というのは、

①「わかります」(事実を理解していることを伝える) 
     ↓
②「すみません」(相手への迷惑への共感(慈悲喜捨の悲)

という順序で組み立てること。

理解のない「すみません」は意味がないし、
理解を促さずにただ自尊感情だけで「あやまれ」というのも正しくない、という話。


○最後は、期せずしてシリーズのまとめみたいな話になった。

仏教とは、あたりまえの現実をあたりまえに生きていくための智慧 にほかならないこと。

もし心に痛みがあるのなら、その痛みをなくする方法(考え方)を学ぶこと。

考え方を学んで、実践して、なんどもなんども振り返り、考えこみ、

その痛みのもととなっている出来事(たとえば過去)を思い出しても、心がいっさい反応せず、自分があたかも“別人”になったかのように、一切の出来事から切り離され、自由になって、今日一日によろこびを感じられる心にかわること――。

この人生で抱えこんだ苦しみ・課題というのは、
必ずこの人生の中で解決できる。

それこそが仏教における“希望”だ。

あたりまえをあたりまえに生きて、
この与えられた人生、この自分というものを、さいごまで生き抜くこと。まっとうすること。

それは勝利とか敗北とか、成功とか失敗とか、特別とか凡庸とか、
そういう価値判断をいっさい超えているものである。

人生とは、いのちとは、本来、そういうものなのだ。

忘れてしまったのは、人間の中にわずらい(煩悩)をためこんでしまったからである。


ひとは、本来の姿に戻ればいい。

今さずかっているこの暮らしを、この命を、感謝して、肯定して、

ひととのつながりを味わい楽しみ、

季節の移ろいや、景色の変化や、
世の中にあふれるさまざまな動きのなかに、
自身にとっての小さなよろこびを見出して、

ただ日々を生きる――。

そういう、あるがままの日々をもって満たされるための 仏教 なのである。

この時代、この世界にあって、さずかった命をさいごまでまっとうすること。

それ以上に尊いことはない。

もしその途中で、苦難や喪失、疑問や課題に直面したら、
そのときは、けっして妄想や快楽にたよることなく、

正しく考えて、うけとめて、のりこえていくことだ。

(講座のなかであつかったけど、Dukkha:みたされなさ というのは、正しい理解のしかたと考え方によってはじめて解消できる。快楽・よろこびというのは、別の領域のものとして活かすものだと思う。)

のりこえて、心の自由を取り戻すことに、よろこび がある。そういうよろこびをめざせばいい。

それこそが 希望 なのではないか。


○私(くさなぎ龍瞬)は、仏者として何を信じているのか――

現実のなかに生まれた苦しみは、かならず乗り越えることができる。

かならず心は自由をとりもどせる。


その可能性を、私は 信じて いる。


その可能性を理解してほしくて、仏教を伝えている。

この場所で説く仏教とは、そういうものだ。希望にみちた仏教 である。


◇次回12月8日の午後の部と夜の部が、2012年総集編。年内ラスト。

内容はちがうので、2コマ参加していただくことも可能です。たっぷりお楽しみください。

そのあと、私はインド・ナグプールへ。

2月、3月に、今回の“仏教のきほんを学ぶ講座”PART2をやります。今回参加できなかった人はぜひどうぞ。

4月から、月に1度か2度の“仏教の本質を学ぶシリーズ講座”を実施。これは一年にわたるロングの講座です。

今回の6回というのは、やっぱり短すぎました(そもそも仏教は2500年以上の歴史があるのです)。

お稽古事でも、数カ月でモノになることはありえないよね。腰をすえてじっくり学ぶことで、心ははじめて育つ。

志(こころざし)ある方は、ぜひ通ってきてください。


めっきり寒くなりました。鼻とのどにお気をつけください。


新居用のグッズを100円ショップでお買い物したのが妙に楽しかったくさなぎ龍瞬でした♪