仏教講座スケジュール

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「川のままであれ」

働くあなた・就活突入のみなさんヘ 「ムダに反応しない心がけ」が役立ちます。リクナビに草薙龍瞬のインタビュー記事掲載中 http://next.rikunabi.com/journal/entry/20160131

1月23日
●GDIA幼稚園の創立記念式典に出席。とにかく友だちとたくさん遊んで、勉強も頑張ること。

日本の人がくれたお土産(文房具とかアクセサリー)をプレゼント。昨日の夜は、ラケシュらGDIAのメンバーが、お土産を包装紙に一つずつ包んでいった。こういう地道な作業を、私がいない間も、彼らは互いに助け合いながら黙々とやっているのである。来るたびに、ほんとにエライ奴らだと思う。
青年たちが作った元図書館で子どもたちへの景品を包む作業。彼らはここで仲良く寝る。私も一緒に作業。
子どもにメダル、お父さん・お母さんに日本からの景品をプレゼント。
日本の方たちから預かったお土産持っていきました(ご協力ありがとうございました)。

今回一番反省したのは、この2、3年、私はごく短い間しか、インドに滞在してこなかったことだ。ほんの数日、長くて一週間ほどで帰ってしまうことが多かった(やがては日本とインドを半年ずつ、が目標)。

その間に、GDIAのメンバーの二人が離婚していた^^;)。幹部を務めていたメンバーが抜けた事件もあった。私が知らない間に、けっこう大きなトラブルが起こっていたらしい。その辞めたメンバーに会いに行ったが、顔は暗い妄想に囚われて、半ば自閉症気味になっていた。

夜、親友のラケシュと車に乗る時間があったのだが、そのとき初めて、彼がこの一年苦悩していたことを知った。「ときどきどうしようもなく孤独を感じる」という。去年は、彼にとって大きな試練の年だったようだ。長年の親友が去り、学校運営上の問題も起きた。

私にも他のところから報告は来ていた。はて、どうなっているかと関心もって来てみたが、ほとんどのメンバーは、ラケシュと一緒に頑張っていた。GDIAへの人々の信頼も厚いままだ。

「人々に信頼されているかぎり、問題はない。 純粋な動機を保って自分の道を生き続けることは、ラクではないし、人に理解されないこともある。来る人もいれば、去っていく人もいる。ただ、それは自分にとっては、ほんとうは〝関係ない〟ことなんだ」という話をする。

たとえば、自分を川だと想ってみる。ひとは川を見つけて近づいてくる。水を呑む人もいれば、汚していく人もいる。でも、川は川のまま、ひとつの場所を流れ続ける。誰がいても、いなくても、川は川のままであり続ける。

それでいいんだ、という話をした。川のままであれ Stay as a river――。

日本での私の活動も同じである。 出会いもあれば、別れもある。みなそれぞれに求めるものがあって、それが見つかると思ったときに訪れてくるし、関わり続け、学び続ける人たちもいれば、勘違いや慢(自己主張)にとらわれて、自分の世界へと戻っていく人もいる。

ちなみに苦しみを抜けられないのは、多くの場合、やはり〝我〟――内在する欲や怒りや妄想や慢・疑――である。これは見事な真実である。

ただ、ひとの心はなんともしがたい。「川」は、ひとの心に手を出せない。

来るものは拒まず、去る者は追わない。川は川のまま流れ続けるしかない。

この命は、それを知り尽くしている。執着があれば、哀しみを感じるだろう。しかし、真実に目を醒ませば、執着はそもそも「持ちようがない」とわかる。すると、心は、哀しむことなく、ただニュートラルに、色に染まらぬまま、おのれの道を流れ続けるだけになる。

結局、ひとは、自らの道を〝見出す〟ことが最初であり、見出した道を〝歩き続ける〟ことが、その次であり、道を〝まっとうする〟ことが唯一の務めである。

大切なのは、自分の道を歩き続けること。その覚悟が決まれば、「孤独」は苦しみにならなくなる。ひとがいても、いなくても、自分の道を歩くことしか見なくなる。

そのとき、「孤独」を突き抜けて、何かしらもっと大きなものと〝ひとつ〟になるのである。

川は孤独を知らない。川は川のまま流れ続ける。

ひとがいてもいなくても。世の中がどんなに変わろうとも。

川のままであれ――。

さすがに夜と朝方は寒い。青年たちは焚き火を囲む。この仲の良さにも学べる何かがある気がする。

悲の心(カルナー)をパワーに変えよう

1月22日
大法話会の当日。午後に車で会場へ。7、8の近郊の村や、別の郡からも人々が集まってきた。

最初にババサブ(アンベドカル博士)やブッダの像に花輪をかける。で、「ナモー・タッサ」の読経を会場全員で行なう。

そのあと、ひざまずいて追悼。先日自殺したロヒットや、十年前に私が初めてインドに来たときに起きたカイランジ事件の犠牲者(このときは仏教徒の5人家族のうち、出稼ぎに出ていた父親を残して家族4人が他の村人たちに惨殺された)たちのために。


カルナー(悲の心)の話をする。仏教とは何かと聞かれたら、「カルナーの精神にもとづいて社会を改善する行動を起こす思想」だと、今後は答えるように。この新しいビハール(寺院)を拠点として、宗教を超えた、人々の調和を目的とする合理的で新しい思想messageを発信していくのだという話。


今回反省したのは、人々へのお土産を用意してこなかったこと。遠方からはるばるやって来る人たちがいる。その人たちにねぎらいの意味を込めて、何かしら手渡すべきだった。

花びらやお布施(寺建立への寄付)を受け取り、指先をひたいに当てる。「幸せでありますように」
人々から直接手渡された寄付。どんな暮らしの中の手で握りしめてきたのだろう。

●ラケシュの家に戻って訪問客の相談を受ける。5歳の男の子が無気力で心配という話。

子どもを見ると、たしかに無表情で元気がない。理由は三つ。テレビを見すぎ、父親がキビシイ、親がスキンシップ(ハグしてあげるとか)をあまりとっていないのではないか、というと、どれも当たっているという。

子どもの心は、カラダの感覚に始まり、感情、思考と育っていく。感情を育てるには、まず十分に感覚を刺激してあげないといけない。それも快を感じられるものを。その意味で、母親が子どもを抱っこしてあげたり、アタマを撫でてあげたり、とにかく触ってあげることが大事なんだという話をする。

触れて笑わせ、安堵させるのである。それで感情が育っていく。思考(親がよくいう勉強)が発達するのはその後である。 これは仏教心理学。

●大法話会がある日は、村人の親戚たちが大勢やって来るので、ラケシュの家にも子供たちが遊びにくる。5歳の女の子と、3歳の男の子の兄弟。最初は怖がって近づいてこなかったが、「何もってるの?」とか「名前はなんていうの?」と、答えやすい問いを向けると、ちょっと安心する。

で、軒下(日本でいう縁側みたいなところ)に木枠のベッドがあって、丸筒状の枕が置いてある。それをめちゃくちゃ重たい石のように、うーんとうなりながら持ち上げようとして、でも上がらない(ふぅ)というしぐさをして見せる。すると、子どもたちはケラケラと笑って、枕を軽々と持ち上げる。それを「すごーい!」と驚いてみせる。すると子どもはいっそう大喜びして枕をアタマの上まで持ち上げる。「おぉー」と大げさに喜んであげると、子どもも喜ぶ。で、お友だちに。(こういう関わり方もブディズムが教えてくれる^^)

遊びに来た子供たち。インドは子供がたくさんいるので、退屈しない(笑)。



まずは正しい思想を伝えること(社会を変える第一歩として)

1月21日
昨日中止となったナグプール大学の学生たちへのレクチャーを、今日やることに決まった。

ウダサ村から一時間ほどでナグプール市内へ。まずは我々の組織GDIAの活動の一環である女子寮を訪問。

ここは大学を卒業して公務員試験をめざす女子たちが、共同生活して勉強に励んでいる場所。神経科医の先生がアパートメントを無料で提供してくれた。

受験生の悩みは、どの国も同じ。どうすれば集中力が上がるかということで、サティ(マインドフルネス)のやり方を解説。集中してない例として「歩きスマホ」の話をするとウケている。このあたりも日本と同じ。

近郊の農村から公務員試験めざして寮で暮らす女子たち
そのあとナグプール大学へ。学生だけでなく、若い教官(インストラクター)たちも参加。

自殺したロヒットの話。大学での生活は、それでなくても孤独を感じやすい。彼ら学生たちが属する組織は総勢何名で、その全員を把握しているかと聞いたら、把握していないという。それはまずい。一人ひとりを気遣って、孤独に追い込まないようにという話。

そして、今回の事件について、大学や政府から納得のいく回答を引き出すまで働きかけることや、今後同様の事件が起きたら、他の大学の学生組織とも連絡をとって、プロテスト(異議申し立ての運動)を大々的にやるようにという話。

インドは、社会が変わるのに、異様に時間がかかる国。頑迷で、物わかりが悪く、傲慢な権力者が、大学でも、政治でも、行政でも、のさばっている。実に疲れる社会だが、へこたれずに闘うしかない。闘いつづけて、「やってはいけないことは絶対にやってはいけないことなのだ」というメッセージを送りつづけることで、徐々に「どうやらやってはいけないらしい」という理解が浸透していく。それまであきらめてはいけないという話。

ただ、その運動のモチベーションが怒りや憎悪であれば、こちらの精神が疲弊してしまう。だから怒るのではなく〝悲の心〟をモチベーションにするように。青年ロヒットの悲しみを自分たちの悲しみとして感じ、今行動に起こせることを着実に行動に移すようにという話。〝悲の心〟は、正しく使えば、疲れることはない。むしろパワーになる。

バラモン・カーストの連中たちを変えようとしてもしようがない。人間は変わらない。彼らが変わるとしたら、モノゴトが進んだはるか先の、一番最後の話である。だから、変わることを期待するのではなく、変われと働きかけるのでもなく、社会の中でやってはいけないことを、やってはいけないとはっきりメッセージを送り続けること。それしかない。

そうしたメッセージをインド社会が共有できるように、今後、プロテストをするときは、ダンマにもとづく正しい言葉や行いを、力を合わせて発信していこうという話。


ヨーロッパに自由主義と民主主義という政治的革命が起こったのも、最初は「政治思想」という言葉からだった。封建君主に支配されていた人々は、自由とデモクラシーという新しい思想を聞いて、そこから今の政治制度はおかしいらしい、と気づき始めた。

ある考え方が間違っていることに気づくには、正しい考え方を知らねばならない。

ナグプール大学の学生&教官たちと
インドがなぜ、今なおカーストなどの非合理な思想を抜け出せないかといえば、その非合理に気づかせてくれる力をもった合理的な思想を、人々がまだ知らないからである。インドの人々は、「ダンマ」を知らない。合理的で、すべての人が共有しうる、普遍的なモノの見方・考え方というものを知らない。だから、バラモン・カーストの人間が語る、非合理極まりない珍妙な言葉を鵜呑みにしてしまう。

もしインドの人々が、合理的で洗練された生き方・考え方というものに触れる機会が増えていけば、ゆっくりとではあるが、「やってはいけないこと」に手を出さなくなるのではないか。啓蒙、つまり蒙(無知)を啓くきっかけは、やはり正しい言葉・正しいメッセージである。

次回は、ナグプール大学でもっと大きなホールで講演会を開こうという話になった。私の仕事は、ダンマを洗練された言葉で人々に伝えていくことだ。日本でも、インドでも同じ。日本で伝えていることを英語に直すことができれば、彼らがそれをインド現地の言葉に翻訳してくれる。そうすれば少なくとも、この非合理に満ちたインドの土地に、まったく新しい合理的な思想――ブディズム――が登場することになる。私がこの人生においてたどり着くべきは、その辺りであろう。どこまで行けるかわからないが、その方向に向かって進んでいきたい。

すべての人間が共有しうる、幸福への普遍的な方法としての「ダンマ」が、もしかすると全世界的に必要とされているのかもしれない。まだ始まったばかりの、この新しい思想を、ぜひインドにおいても広めていきたいものである。

明日は、いよいよ大法話会である。各地から列車で、バスで、リクシャー(人力車)で、仏教徒たちが集結しつつあるという。

大法話会のポスターだそうです
今日の夕食(揚げタマゴ2つ)



インドに来て見えてくること(ある青年の自殺)

1月19日

インドでまた哀しい事件が起きた。ある大学の博士課程にいた青年が自殺した。

(※ハイデラバード中央大学のロヒットという名の青年。アンドラプラデシュ州出身)。

彼はダリット(不可触民カースト)の出身だった。寮の部屋に、ダリットたちのヒーローであるアンベドカル博士のポスターを貼っていた。

(※知らない人のために伝えておくと、アンベドカルはカースト差別禁止を掲げる今のインド共和国憲法を書き上げた人で、マハーラシュトラ州の不可触民たちを仏教に改宗させた人。いわば、現代インド建国の父であり、インド仏教復興を成し遂げた人でもある)

寮を管理する教官が見つけて、ポスターを「はがせ」と言った。青年は拒んだ。すると教官は難癖をつけて青年を寮から追い出し、大学総長に告げて退学処分にしてしまった。青年に味方したダリットの学生たち5人も大学にいられなくなった

もちろん「ポスター」騒動は、青年が体験した数ある騒動のほんの一角である。

事態の根が深いのは、彼の自殺の背景に、インド特有のカースト差別や、カーストに由来する政治的対立があることだ。

青年は、ダリット学生をまとめる学生組織のリーダーだった。実はこの大学では、過去10年で9人ものダリット学生が自殺している。青年がアンベドカル博士のポスターを剥がせと言われたのは、差別の序の口だ。講義を受講させてもらえなかったり、奨学金を打ち切られたり、寮から追い出されたりという差別が、ひんぱんに起こっていたらしい。

学内には、もう一つ、インドの超極右組織(インドをヒンズー教だけの国にしようともくろむバラモン・カーストの学生組織)もあって、青年たちのダリット組織と激しく対立していた。
この対立は政治的見解の対立というより、自分たちの絶対的優越性と、下位カーストへの差別の正当性を信じきっているバラモン・カーストと、自己防衛を余儀なくされる下位カーストたちの、きわめて人為的な対立である。

人為的というのは、もともとなくていい対立を、無理やり作り出しているという意味だ。結局、カーストによって一部の人間の優位性を守ろうという「病的な貪欲」が作り出している対立である。

青年にさまざまな理不尽を強いた大学教官も、大学の総長も、バラモンたちだ。青年は、中央政府の大臣(人材開発省Ministry of Human Resourceの大臣)に、窮状を訴える請願書を送った。ところが、その大臣もバラモンであり、超極右組織をバックに持つ人間だった。大臣は、青年の訴えを無視した。結局、青年は大学にはいられなくなった。そして、自殺した。

青年は、「科学ライターになる」という夢を持っていた。あのカール・セーガンのように、科学を解説することで人類の問題を解決していく前向きなメッセージを発信していくことを、希望していたらしい。

(※カール・セーガンはアメリカ・コーネル大学の教授で80年代に科学啓蒙書や小説を発表。自ら企画し出演したTV番組『COSMOS』は、全世界4億人が見たといわれる。私もそのひとりで、カール・セーガンのファンだった)。

青年は、夢の途中で、非合理な人間たちに道を塞がれてしまった。顔写真を見るかぎり、心優しくかなり繊細な青年にみえる。家庭に恵まれず、読書による想像の世界で心を癒していた様子である。その夢を伸ばして、入った名門大学が、バラモンに牛耳られた超保守的な場所だった。

日本人の中に、「きっと大丈夫」(3idiots)というインド映画を見た人がいるだろう。名門工科大学に新入生として入った3人の学生たちの日常を描いた作品だ。その中に、ラジコンヘリの作製に夢中だった学生を、高圧的な大学総長が退学処分にした話が出てくる。映画の中の学生は、夢を奪われて寮で首つり自殺をした。
あれは映画の中だけの話かと言えば、そうではないのである。ただ現実は、もっと殺伐としている。大学そのものが、そして中央政府までもが、カー ストを奉じるバラモン・カーストたちに支配されている現実がある。

正しく憲法・法律、あるいは人間としての良心に沿って対処されれば、このような事件は起こらずにすむ話である。しかし現実には、執拗に同じような事件が、この地では起こる。


20日にナグプール大学の学生たちに講演させてもらう予定だったが、ロヒットの追悼と、政府への異議申し立て集会を開くことになり、中止になった。学生たちが問うているのは、大学総長と中央政府大臣の責任であるが、今のところ回答は返ってきていない。

カーストによる優位性や、どの宗教を信じるかで人間をふるい分けようとする思想――これらは人間の妄想が作り出した非合理な発想だ。 
こうした病的な発想が、東アジアでも、中東でも、このインドの地においても、克服されるどころか、今日ますます頑なに、病的に激しくなってきている気がする。

コレが正しいとこだわることで、本来なかった対立を生み出すような思想」は、もういい加減、卒業したいものである。それがいかに神聖な外見を装った「神」や「宗教」であっても、人と人との間に対立を作り出すものなら、それはただの妄想にすぎない。要らぬではないか。

いったいなんのために、宗教や思想は存在するのか。 結局、人間の我欲・優越欲を満たしたいがための、物語にすぎないではないか。

蛇足の域に入るが、仏教そのものに も、一部の人間の我欲に都合のいい物語や伝統というものがある。それはチベットであれ、スリランカであれ、タイであれ、ミャンマーであれ、どこにおいても同じである。

どの国にも、本来なくていい歪み、作り出された差別というのがある。そしてその差別を、「ブッダの教え」として正当化しようとする僧侶・長老たちがいるのである。彼らは「輪廻転生」や「来世への功徳」や、「比丘・長老たちへの帰依」を説くが、それは背後において、自分たちの特権・利益・地位の 確保ときっちり整合している。

「〝仏教〟を最初においてはいけない。自分自身の幸福を、そして社会の改善こそを、最初の目的にすえるべきだ」と、私が伝えているのは、こうした「狡猾な歪曲」が、どの土地の仏教にも存在するからである。

本質だけに立つなら、「仏教」はいらないし、「宗教」もいらない。総じて、「我欲に簡単に囚われてしまう〝人間〟が作り出す妄想」は、いらないのである。むしろ、妄想を抜けること。そして、宗教ではなく「現実の苦悩」を最初にすえること。苦悩をこれ以上増やさぬために、何をすればいいか。苦悩を解決するために、どんな可能性・方法があるかを考えること。

そこから出発して、効果的な方法を見出して、実践する。
そうした発想の先には、もちろん苦悩の解消・現実の改善しか出てこない。

そうした合理的な筋道において、役立つ〝智慧〟――理解の仕方・考え方・関わり方――となるものを〝ダンマ〟と呼ぶ。
ダンマとは、本来、そのようなものである。「仏教」と呼ぶことさえふさわしくない、人間の欲や妄想を超えた普遍的な「方法」のことである。その方法ならば、さまざまな宗教と両立しうる。

いつになれば、人間は、正しい目的にめざめるのか。言葉を尽くして、ダンマとは何かを伝えねばなるまい。

↓フェイスブックから(下の英文は青年ロヒットの遺書)

His suicide note (as shared by Dalel Benbabaali):
"I always wanted to be a writer. A writer of science, like Carl Sagan. At last, this is the only letter I am getting to write.
I loved Science, Stars, Nature, but then I loved people without knowing that people have long since divorced from nature. Our feelings are second handed. Our love is constructed. Our beliefs colored. Our originality valid through artificial art. It has become truly difficult to love without getting hurt.
The value of a man was reduced to his immediate identity and nearest possibility. To a vote. To a number. To a thing. Never was a man treated as a mind. As a glorious thing made up of star dust. In every field, in studies, in streets, in politics, and in dying and living.
I am writing this kind of letter for the first time. My first time of a final letter. Forgive me if I fail to make sense.
May be I was wrong, all the while, in understanding world. In understanding love, pain, life, death. There was no urgency. But I always was rushing. Desperate to start a life. All the while, some people, for them, life itself is curse. My birth is my fatal accident. I can never recover from my childhood loneliness. The unappreciated child from my past.
I am not hurt at this moment. I am not sad. I am just empty. Unconcerned about myself. That's pathetic. And that's why I am doing this.
People may dub me as a coward. And selfish, or stupid once I am gone. I am not bothered about what I am called. I don't believe in after-death stories, ghosts, or spirits. If there is anything at all I believe, I believe that I can travel to the stars. And know about the other worlds. (...).
Do not shed tears for me. Know that I am happy dead than being alive."
via Ameen Hassan and Fahad Mohammed
Rohith Vemula, one of the Dalit research scholars who was expelled by the administration of University of Hyderabad committed suicide.


インド再訪 あれから十年・・・

1月19日
こんにちは、草薙龍瞬です。

今、インドにいます。

昨年と同じく、みなさんに出立の挨拶をできずに、慌ただしく日本を出ました。ギリギリまで作業して、時刻が出発の日に入ったところで旅の準備を始めて、時間になったら家を出るというやり方が定着したような(絶対に飛行機に乗り遅れられないという切迫感があるので、逆に安心してギリギリまで作業できるのです(笑))。

特に今回は、本の原稿を書くことに追われて、アタマが完全に「日本バージョン」になっていました。ご理解いただけるでしょうか^^;。ふだんの生活でしていること、アタマの中で考えること、お付き合いする相手などが、全部日本のモノ・ひと、の状態。その上、旅支度しつつアタマを切り替える時間は、ほとんどなし。

飛行機の中でも、考えることは今進んでいる仕事のことばかりだったので、インド・ムンバイに降りてもあまりインドを感じず、どこかリアリティがないまま、ナグプールに向かったのでした。

ナグプールに早朝降り立って、空港の外へ。日本からは、慌ただしく事前にインド到着と出発の日時をメールで一本送っただけだったので、もしかしたら今日私が着くことを忘れているかもしれないとも思いつつ・・・。

ですが、実際には――ラケシュらNGOのメンバーたちだけでなく、寺用の土地を寄進してくれた男性たちや、現地の坊さんや、その他新 しい人たちが、花束を持って総出して迎えてくれたのでした。村をみなで出たのは、朝6時半だったとか。起きたのはもっと前だったでしょう。ありがたい話で した。

お店で朝食を食べつつ、現地の話を聞く。考えてみたら、ここ数年は、日本から誰かを連れてきて、数日滞在しただけで去るという状態だった気が。でもこうしてひとりで来ると、肌で感じる空気が違う。もともと同化することが得意な性分からか、再会して三〇分で、もう「半インド人モード」である。今度は日本が遠くなってきた(笑)。

ちょうど十年前の2006年に、初めてこの地にやってきた。そのときは、日本に帰るつもりは、もうなかった。師に受け容れてもらった日以降は、一生この地で生きていくのだろうと思っていた。

「ここで生きていく」つもりでいるのと、「旅のつもり」でいるのとでは、その土地と自分の関係性がまったく違ってくる。旅のつもりなら、「視点」はどこか上か ら眺めているように遠くなるが、その土地で生きていくつもりなら、視点は急に低く、地べたに近くなって、目の前の風景しか見えなくなる。「この地で生きていく」ことが心の前提になってしまう。

つい数時間前までは、完全に日本モードだったのが、今度は完全に「インドの出家僧」モードになってきた。

日本で出会った人たち、みんないい人たちだったな、本当にお世話になりました、ありがとう、またいつか逢いましょう、それまでお幸せに、お元気で――なんちゃって(笑)。

●ウダサ村に入ると、いつもと変わらぬ人たちがいた。近所のご婦人たちも、隣の家の犬サンディも、ラケシュの家の緑のオウム(名はミトゥという)も。サンディは、私の顔をよく覚えてくれていて、見つけるとしっぽをふって近寄り、僧衣に顔をうずめてくる。

子供たちは確実に大きくなっている。2009年に幼稚園を作ったときに3歳半で入園してきた子たちが、今は9、10歳に。現在170名。

幼稚園は、今年中に新しい教室を立てて、次のステップでは「小学校」の認可を受ける予定とのこと。資金不足で、まだ校舎はレンガ地むきだし。ほんとは漆喰で固めてカラフルに色を塗るのだが、そこまで行ってない。授業料も月400円のまま。経営が苦しい状況は変わらない。あと3年くらいは逼迫状態が続くだろうという。ここは、日本チームが出番になるかもしれ ない(というか、頑張ってそうしよう。まずは私が働かないと(笑))。

22日には、寺建立中の土地で大会がある。5000人以上の人々が、仏教の話を聞きに来る。さてどんな話をしようか。まずは現地で起こった痛ましい事件の報告を聞いて、「悲の心」に立って話を組み立てていくことにしよう。

十年前、インドに来たときは、何も知らず、何ひとつ未来が見えなかった。あれから十年――その歳月はけして長いとはいえないが、今自分が立っている場所も、担っている役割も、この地や日本での関わりも、あの頃に比べて大きく変わったし、明確になってきた。どの場所においても伝えるべきは、仏教の本質。その点は同じである。わかりやすい言葉で、苦しみを溜めない「心の使い方」を伝えていく必要がある。それが今の時点では日本語、やがては英語でやっていくことになる。

ラケシュ一家が私財を投じて作っていた「インターナショナル・ゲストハウス」が、7割がた出来上がってきた。話が立ち上がって、もう4年は経っているだろうか。ひとまとまりの農業収入が入ったら、そのぶんで資材などを購入して、私や日本の訪問客が滞在できるようにと、コツコツと建設を進めてきた。

その中の、「昨日仕上げた」という一室を与えてもらった。水洗トイレや温水シャワーなど、自分たちのためなら絶対に作らないだろう設備がある。インドに来るたびに、「与える」ことへの彼らの自然さに、どこか胸が痛くなるくらいの感銘を受ける。さりげなく心が広いのである。

「帰ってきた」という感のある再訪だった。
インドにも、日本にも、いろんな「家」がある今は幸せでございます(笑)。

ウダサ村のお寺にて

2014年に撮った幼稚園の写真
1月11日
こんにちは、草薙龍瞬です。

連休中は、みなさんいかがお過ごしになりましたか?

最近はいい日よりが続いて、体に優しい冬なのかもしれませんね。

(しかし日本て、休日多くないですか? 私には関係ございませんが……)

※2月6日の博多での講座は「中止」になりました。ご注意ください。
+++++++++++++++++++++++++++++

●最近いただいた『反応しない練習』の感想を抜粋

◎「数日前、「反応しない練習」購入いたしました。

自宅と職場近くの図書館に、ずっと前から予約を入れていたのですが、

多人数の順番待ちに半年以上、我慢の限界で購入いたしました。

この本との出会いに感謝しております。」


――いえ、我慢せずに、買ってください(笑)。善は反応してよいのです(笑)。一生使える本ですから(笑)。


◎「昨年秋に、龍瞬さま、お釈迦さまの言葉に出会った私。

今年は、大晦日に買ったおせちを食べ、お雑煮を食し、今何をすべきか何が出来るか、今何を感じているのか、何をしよう?などと、ゆっくり考える事が出来ました。

そして2日に、大阪城(日本の歴史や、お城が大好きなので)へ登城しに行こう!と、早速行動してみました。初めてのひとりでのおでかけ。

不思議!!
まったくひとりであること、周りのざわつきが気にならないんですっ!

というより、家族連れの笑顔や会話、友人どうしの会話や仕草、外国の方の真剣に日本の歴史を見入っている姿、それらすべてがとても微笑ましく、私までもが楽しく、心地よく、幸せな気分になれるのです!

これには本当に驚きました。
人ってこんなにも変われるもんなんだと。

そんな変われた自分が、とても幸せでいとおしくなりました。(略)

今年は本当に、新しい自分の誕生の年に感激しています。
こんな私を産んで下さった、龍瞬さまとお釈迦さまに、感謝感謝です。

生きることが光輝いている毎日。
今年は素晴らしい年になりそうです!」


――ありがとうございます(=人=)。美しい言葉をいただいて、私も励まされる思いです。

みなさんからお寄せいただくご感想・ご質問が、たいへん励みになります。

言葉というのは、受け止めてくれる相手がいて始めて生きたものになります。

最近、自分自身の言葉が、『反応しない練習』も含めて、次の3、4月に出る本も含めて、血が通いだしているように感じています。何を伝えるべきか、どう語ればいいか、どこまで掘り下げればいいかが、見えてきているというか。これはお便りくれるみなさんのおかげです。

今も頑張って執筆中です。引き続きご一緒いただければたいへんありがたく。

よろしくお願いいたします。

草薙龍瞬

新年明けましておめでとうございます 一年に向かう〝仏教的な心がけ〟

1月4日
こんにちは、草薙龍瞬です。

いよいよ2016年(仏歴2559年)が始まってしまいました?ね。

みなさんは、どこで正月をお過ごしになったのでしょうか。
心の羽を休めることができましたか――そうだったら好いと思います。

私は、地味~に、ひとりモノ書きに専念しておりました。
テレビもないし、新聞も取ってないし、そもそもあんまり外に出ませんでした^^;)
おせち料理を送ってくださったので、それが唯一の正月気分だったかも。

○年賀状、送ってくださった方、ありがとうございます! 

ほんとは返信か、そもそも最初から私のほうから年賀のあいさつを送りたいのですが、毎年どうしても余裕がなく――何より、年賀状送るなら、描き下ろしの漫画入りで……と考えてしまって、結局その時間が取れなくて……ということを繰り返しているような(笑)。何事も「入魂」したくなるのは、私の性分でございます。

「入魂」って、やっぱり複数は難しいのかもしれない。今は、本に心を尽くします(=人=)。

●プライベートな話ですが、一本原稿が落ち着いて、次の原稿の合間のアタマの切り替えに、映画STARWARS を観に行ってきました。

「期待外れ」でした(笑)。がっかり……(はい、妄想と執着です(笑))。知ってる人も多いと思いますが、あのシリーズは、ジョージ・ルーカスが1977年に最初の作品を撮って世界的に大ヒットして、今回7本目が、別の監督のもとで作られたのです。ところがその出来があまりにお粗末で……察するに、全世界何千万人ものスターウォーズ・ファンを失望させちゃったんじゃないかなと思いました。

映画も、文章も、結局、 作り手の情熱・想像力・着想(めざす世界観・人生観・作品観) で決まってしまうんだな~という感想が残りました。ホント、「こだわれる」人しか、いい作品は創り出せないんだなと。

今の時代、「こだわり」がないがしろにされていないだろうか。「こんなもんでいいでしょ」的な仕事が横行していないだろうか。

●「仏教」についていうなら、語る側の情熱、人々の現実・日常への想像力、あるいは「仏教とはどのような思想であるべきか」という思想観が必要になる。みんな「仏教とは、お釈迦さまの教えとはこういうもの」と語るけれども、その言葉は結局、語る人間の心から生まれてくる。

もしその心に慢があれば、その言葉は、上から目線だったり、不必要に難しかったりするだろうし、

もしその心が妄想から抜けていなければ、〝確かめたことのない架空の話〟が簡単に混じってしまうだろう。

もし自分がラクな立場・生活に収まってしまえば、その言葉もやはりラクなものになり、結果的に、生ぬるい言葉になってしまうのではないか。

結局、言葉は、心を超えては出てこない。だから、心を小さく縮めてしまうのではなく、「もっと大きく」「もっと開かれた」「もっと現実を見すえた」「もっと役に立つ」「もっと創造的な」ものに、広げようとしなければいけないのだろう。

ちょっとでも「これでいい」という思い――これも慢――に囚われてしまったら、そこから可能性は枯れていく。仏教の世界なら〝マーラ〟、スターウォーズなら〝ダークサイド〟の力に負ける(笑)可能性は、いつもある。用心しないといけないと思う。

そういう意味で、正月のように、静寂の中で独り、自分の心の内を確かめる期間や、あと二週間(!)後に控えているインド行きなどは、 「心を叩き直す」  いいきっかけになる。

新年をもって、また新しいひとつの〝道〟が始まったということ。

一歩、一歩、心尽くして歩いていきたいと思います。精進してまいりましょう!

●告知です:
☆2月6日(土)午後、博多にて仏教講座を開く予定です。場所は追って告知します。九州の方、ぜひいらしてください。
☆神楽坂の仏教講座は、3月中旬から。
☆夏には「全国行脚」です。ぜひお会いいたしましょう。
☆3、4月に海竜社さん、KADOKAWAさんから新刊出していただきます。どちらも真心こめた書き下ろしですので、お楽しみにお待ちください。


●さて、

何を〝新年の抱負〟にするにせよ、基本は〝心尽くして、ていねいに〟です。

心動揺したときほど、目の前の作業を〝密に密に〟やるように心がけましょう。


あなたの一年が、よき年でありますように――

本年もよろしくお願いいたします。
草薙龍瞬謹白



新年のご挨拶



2016年/仏歴2559年

新年明けておめでとうございます

みなさんの一年がよき年でありますように 

 草薙龍瞬


新年の抱負〝功徳(=働き)第一〟