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あったかくて、やさしくて、役に立つブッダの新・家族論! 3月新刊タイトル発表!

2月22日
こんにちは、草薙龍瞬です。

現在、3月刊行の本の原稿校正が大詰めです。タイトル、カバーデザインと整ってきて、いよいよ山登りでいえば9合目あたり。

ただ肉体作業が多くて(赤入れしたり消しゴムかけたり(笑))、ラクな作業ではありません。


●今回の本は、これまで出会った人たちの人生、苦悩を、最大限汲み取りながら、作りました。

たとえば、前書きを書くときに、家族をめぐって感じる思いを、「(報われない)空しさ」と表現するのか、「満たされなさ」や「未練」と表現するのかで、伝えるものはかなり変わります。

そういう、具体的な言葉を選ぶときに、過去に出会った人を思い浮かべて、その人の心情に一番近い言葉を選ぶ――というような作業をやっていきます。

言葉というのは、想像や理屈(観念)だけで、いくらでも紡げるものです。

ただ、それではリアリティのない「理屈だけ」の言葉になってしまって、聞こえはいいけれど、胸に響いてこない、空疎な文章が出てきてしまいます。

世の中には、いろんな本がありますが、しかし、私が機会さずかる本というのは、いずれも、丹精込めた、かぎりなく肉声に近い言葉を、という気持ちで、毎回作っています。

だからこそ、たいへんな思いもするし、出版社・担当編集者さんにも、なかなかラクではない?仕事をご一緒していただくことになるのですが(笑)、

しかし、本というのは、ある意味、人の命・人生がかかってる。

この本が、100人の人に幸いに届いたとして、
もしかしたら、本当に必要だった人は101人めで、その人が命失うことになるかもしれない、

(実際、そういう体験もしているわけですが)

そこまでいかなくても、もしかしたら本一冊との出会いで、その後の人生が大きく変わるかもしれない――

それくらいの思いは、毎回込めて、言葉を紡いでいるつもりです。

だから、届くかどうか。そのために、自分は真心の粋まで尽くしたかどうか、

ほんとに、考えうる限りの精進をして、一冊一冊、作っていくつもりです……。


●さて、お待たせいたしました。本のタイトルを発表します!


前回、「カジュアル」に発表を延ばしたつもり……


でしたが、メール下(送信元)に情報が載っていた!(見つけてしまった)というご連絡がありました。


しまった……これは「カジュアル」というより、「ヌケテル」、でございます。


では発表します!!!!


――タイトル候補、お寄せいただいた方には本当にありがとう。

おかげさまで最高のタイトルが決まりました!! 

次回もぜひご協力ください!

じゃん!



『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』


著者:草薙龍瞬
版元:海竜社
ISBN:978-4-7593-1479-3
配本:3月18日 ★春分の日には書店に並ぶ予定です。


読んだらぜひご感想をお聞かせください。

また「こんなテーマはどうなんだ?」というご相談・ご質問も随時受けつけています。


もうすぐ春でございます。





「沈黙行」修了!&海竜社新刊タイトル発表?

2月17日
こんにちは、草薙龍瞬です。

ようやく2週間の「沈黙行」が明けました――長かったですね。メール通信もブログ更新もストップ(心配してお便りくれた人、どうもありがとうでした)。

「沈黙行」は、ときどきやります。多いのはやはり、インドから帰った後。

インドでの活動というのは、やっぱり毎回インパクトが日本とは違うのです。海の中と陸の上じゃ、生き物の肉体の構造が違うでしょう。あれは環境に適応した結果なわけですが、インドから日本に戻るとき、あるいはその逆の時も、適応の時間が必要なのです。

現地で理解した「現実」を、じっくり咀嚼して「ここから何をなすべきか」に答えを出さねばならないし、今人々に伝えなくてはいけないこと、これから伝えていかねばならぬことを、明確にしなければいけない。その言語化の作業に、かなり時間がかかるのです。

ちなみに、昨年2月のインドツアー時に自身が現地で受け取った問題意識・使命感・危機感というのは、未だに自分の心をとらえています。正直、抱えたものが重すぎて、季刊誌に気軽に言葉を紡げなくなった感がある。だから止まってしまいました(笑)。

今回もまた多くの宿題・課題を受け取って帰ってきました。すさまじい熱量、というか情熱を、もらって帰ってきました。

で、日本に帰ってきて、沈黙行に入って、少し日本モードに切り替わりつつあります(でも、そのうち切り替わる速度が落ちていくかもしれない。つまりインドモードのまま日本で活動していく可能性もあるということ?)。

講座も徐々に再開し始めて、ゆっくりと日本向け=カジュアル?バージョンになってきました(笑)。

で、本日、ようやくKADOKAWAさんから4月に発売となる本の原稿を執筆終了。前著『反応しない練習』で「何かを得た!☆☆☆☆☆」と感じた人には、いっそう絶対オススメできます。むっちゃ「入魂」できました。ある意味「ブディズム」――覚醒した人間の理解と思考の方法――を、ビジネス&家庭の両面に最大限活かす「実践的な練習法」を満載した本です。『反応しない練習』以上の「毎日使える方法」がてんこ盛り。こんなに一気に出していいのか?と思ってもらえるくらいに、ふんだんにノウハウ――練習メニュー=修行法――を明かしています。

真面目に、ブッダという目覚めた人の「心の使い方」を、現代の言葉で、伝えていかねばなりません。

これは「人が人であることを越えるために」必要なのです。人が人でいるかぎり、苦悩は続く。争いも続く。どこかで、人が人であり続ける原因――桎梏【しっこく】――となっている、心の無明(欲と怒りと妄想その他で見えなくなってしまっている状態)を、突き破る必要があります。

人々の心が迷妄(妄想)に覆われていたインドの大地で、「目覚めた人」が、一体何を説き始めたのか、またその生涯にわたって何を伝えようとしたのかを、真面目に掘り起こさねばなりません。

何ができるか、どこまで行けるかはわからないけれど、この命を捧げる道とは、そういう方向に向かっています。よろしくお願い申し上げます!


そして、何よりも今伝えなければいけない朗報が! 

3月18日発売の海竜社さんから出る新刊のタイトルを発表します! 

今回は、読者モニター会を開いて、中身を洗練させ、またメール通信で広くタイトルを募集しました。たくさんのご応募ありがとうございました。

さてイザ確定したタイトルとは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

次回発表します!
(おいおーい)

(これがカジュアル……)


やらなくてはいけないこと(旅の終わりに)

1月27日
●飛行機でムンバイへ。この大都会でも、仏教徒の友人たちと再会。

カビールという青年は、コンピュータ会社をやめて、音楽スクールを始めた。仏教の歴史などを歌に載せて伝える音楽活動も。今や、デリーやムンバイといった大都会のコンサートホールを満員にするくらいの売れっ子ミュージシャンに。

彼のバンド Dhamma Wings  びっくりするくらい本格的、というかプロです

来年やる大法話会にも、協力してくれるという。人々をインスパイアし、動機づけ、しかも楽しんでもらえる音楽が必要だ。

実は、今回も含む二度の法話会では、終わりになんと歌手のダンスコンサートがあって、それを楽しみにして集まった民衆も多かったと判明したのだ。インド人らしい発想なのだが、これはいけない(笑)。主催者たちに注意した。最後に残るのが、ボリウッド音楽では困るのだ。ちゃんとブディズムを持って帰ってもらわないと。

音楽がダメというより、内容、効果の問題。プログラム案をラケシュたちに伝えてきたが、はて来年はどんな大会になることであろうか……。

『反応しない練習』のタイトルが、カビールたちにかなりウケていた。ぜひ英語で出してほしいとの要請が。たぶん世界共通のテーマなのだろう。

最後は、ムンバイの喧噪に満ちた通りをカビールの車で疾走して、国際空港に到着。

●今回も、鮮烈、濃密、深く考えさせられる旅だった。インドは、人間も、空気も、自分自身の仕事も、すべてが濃い。

インドに突入するときは、倍の重力をもった星にランディングするような覚悟がいる。特に今回のように、お陰さまの仕事が重なって心の準備をする余裕もなくインド入りした場合は、重力は二倍、三倍になる。

体力は使う。ただ、その重力は最初だけで、そのうち現地の人々の情熱や、個性、面白さに順応して、こちらの心のボルテージが上がっていく。熱血と使命感モードがオンになる。

日本の活動も創造的で、美しくて、面白いのだけど、インドはインドで、まったく違う面白さがある。

やらねばならぬ……という感慨をもって、帰路についた。


●振り返っての感想を――

今回もやっぱり、仏教をとりまく厳しい環境について、いろんな声を聞いた。

もちろん他の宗教との軋轢もあるが、仏教内部にも危うさが目立ち始めている。これは、日本であれ、インドであれ、他のどの仏教国にも同じことが当てはまる。

たとえば、村に訪れてきたある社会活動家は、モンク(仏教の僧侶)をインド仏教徒があまり尊敬しない、布施も集まらなくて苦労していると言っていた。

それはごく自然なことで、現地のモンクたちは、社会の改善に役立つ言葉をほとんど語らないし、動かないからだ。そして人々に「お布施」だけ期待する。理屈に長けた坊さんなら、二言目には「輪廻」「来世転生のための布施」を説く。

仏教とは、輪廻を説くもの、来世のための功徳を説くもの、という伝統が、たしかに存在する。しかも根強く。

しかしそんなものは、三千年、ヒンズーの非合理な差別思想に苦しみ続けてきた、インド仏教徒には通用しないのである。

彼らが求めるのは、テーラワーダでも、大乗でもない。「現実を変えるための智慧」である。

理屈や世間知に長けた僧・長老たちではなく、現実をとことん見すえるホンモノの智慧の持ち主「アンベドカル博士」こそが、彼らの帰依の対象なのだ。

私自身は、「アンベドカルの思想」を強調する立場にはない。インドでは、アンベドカルに奉じる人たちを「アンベドカル主義者Ambedkarites」と呼ぶが、しかし特定の立場にこだわってしまっては、無用な対立・隔絶を招いてしまいかねないからだ。

ブディズムは、つねに〝本質〟を見る。共有しうる価値こそを〝ダンマ〟として置く。

アンベドカルの本質のひとつは〝慈悲〟である。彼は自らがアウトカーストして味わった差別への怒り、憤りをバネにして、勉学に励み、インドに奇跡を起こした。共和国憲法の起草、戦後初代法務大臣としての憲法・法律の施行、さらに絶滅していたインド仏教の復興――まさにミラクル(笑)。

彼が偉大なのは、個人的な「怒り」を「社会的憤り(義憤)」に昇華し、さらに不可触民たちへの「悲の心(カルナー)」へとつなげていったことだ。

もしアンベドカル思想を、特定カーストの人々の「主張」にとどまらず、インド社会へのメッセージとして発信し、実際に社会を変えていく力としていくためには、結局は「悲の心」にたどり着かねばならない。

そのとき、二五〇〇年前のブッダと、アンベドカル博士、そして現代のインド仏教徒たちが、「普遍的な心の使い方」としての〝悲の心〟をもってつながる。

その「心の持ち方」は、もはや「ブッダの」という冠言葉がいらないくらいの、全人類が共有しうる智慧になる。

最終的には、そこまで〝本質〟へと昇華しなければいけない。

はっきり言おう――クリスチャンであれ、ムスリムであれ、シークであれ、仏教であれ、「カタチ」「言葉」に囚われていてはいけない。そんなものは、本質ではない。人間個人が、苦しみを抜け、それぞれに幸福を感じ、他者を苦しめず、いたわりと工夫にもとづいて調和のとれた関係を作れること。それこそが、大事なのであって、どの「宗教」――言葉・儀礼・装い・ふるまい――が正しくて、それ以外は許されないと考えることは、人間の我執(自分の欲望・思いへのとらわれ)にすぎない。

〝宗教〟を目的にすえてはいけない。人間が作り出す言葉・物語そのものを真理として見てはいけないのだ。

すべての人が幸福を感じられるための、対立を生まない考え方こそが必要なのである。

毎回インドに来るたびに、そんな思いを強く持つ。そして、分かち合える人々が、この地にはこんなにもたくさんいること、つまりはこの地でやらねばならないこと、できることが、すさまじく多いことを実感するのである。

そして、この地でさずかった、楽しく、ひとが良く、尊敬できる友たちの存在――今ある関係は奇跡みたいなものである。よくこの地にたどり着き、よく彼らと巡り合ったものだと思う。


●29日に、日本に到着。なんか宇宙旅行した感じ。インドは違う惑星だ。

日本の、凛とした冷気に入ったときに、今度は日本モードオン。はい、原稿書きます(笑)。

なんて透き通った空気だろう、あまりに澄んでいて、美しい、この空気だけでもおカネ出して買う価値があるかもしれない、炊き立てご飯で作ったおにぎり食べたいな(←妄想どまり)、まずは銭湯かな――そんな感慨に遊びつつ、帰宅。

さあ、怒涛の執筆作業へ。ちょうど、リクナビにインタビュー記事載せていただきました(シェアよろしくお願いします)。 http://next.rikunabi.com/journal/entry/20160131




ダンマを必要とする者たち

私が滞在する短い間に、続々と訪れてくる社会活動家たち(Ambedkarites;アンベドカル運動家という)。一家の長もいれば、学生、大学の教師、医師もいる。
みなダンマを求めている。非合理に満ちたインド社会で、どうすれば絶望せずに闘いつづけられるか。彼らにとっては同胞であると感じられるモンク(僧侶)が必要なのである。ダンマを説き、握手し、鼓舞すれば、彼らはどれほど喜ぶか。

わずか一週間の滞在で、これほど多くの人たちが訪ねてくるのだ。一か月、三カ月と、長めに滞在できれば、もっと大きな運動ができる。私もまた、彼らと同じくらいにこの世界に貢献せねばならぬ。

日本での活動が、本の執筆も含めて軌道に乗ってくれば、もっと長期インドにいることができるだろう。徐々に態勢を整えていかねばなるまい。

●夕方に、ナグプール大学の学生や女子寮の生徒たちが、レクチャーを聞きに来る。マインドフルネスの話。『反応しない練習』で書いた、代々木公園のホームレスの話。 


GDIA幼稚園の教室で仏教講座・インド編
話を聞きにきた女子寮学生と大学生(私の右隣は社会運動家の友人ワス)
ラケシュの家に戻って、ZENのドキュメンタリーを見せる。医者志望の17歳の女子は、数学や理系科目がどうしても好きになれないという。そこから数学と英語の勉強法の話(笑)。

数学と英語が似ているのは、ロジックを組み立てていく能力が必要ということ。英語なら単語を並べていくロジック(方法)をマスターする必要があるし、数学なら数的な展開(論理の連なり)を、最初の一行(「~とすると」という仮定・前提)から自分で作っていく力が必要に。

そのためには、繰り返し声を出して読むか、書くかしないと身に着かない。私の場合は、数学の証明・展開を、手が鉛筆の芯で真っ黒になるくらいわら半紙に書い て覚えた、それで数学的考え方を理解していった、という話。答えられることは何でも答えるサービス精神も、慈悲の実践である(笑)。
勉強法について議論を始める若者たち。インドの人はとにかく語らうのが好き。

24日
●幼稚園の創立記念式典は、まだ続く。主賓は昨日きてもらったので、今日は、生徒たちの踊りのお披露目会の2回め。170人全員なので、2日やらないと終わらない。さらに多くの生徒が「複数回の出演」を希望する(笑)。日本人なら恥ずかしがって遠慮するところを、インドの子どもたちはたいてい目立つのが大好きで、だれかれ構わず壇上に登りたがる。

で、そろって踊ればまだよいのだが、みないちおうの振り付けはあっても、あまり覚えない。あとは音楽に任せてテキトーに踊る。バラバラ(笑)。で満足して降りていく。

こういうバイタリティ旺盛なところが、インド人の特徴。全インド人口の4割は25歳以下である。スゴイ国である。

3歳半から5歳半まで。小学校校舎も今年建設予定。
日本のみなさんも応援よろしく!
●あとの数日は、次々にやって来る社会運動家たちとの会合。ロヒット事件は、ますます社会問題化しつつあるという。大学総長は「誤解された」とコメントし、辞任を拒んでいるという。

いや、誤解云々という問題ではなく、大学内部で起こったこと自体への「責任」を取ってもらわねばならぬのである。それが地位に就くことの責任だ。今回の場合は、辞任が最もふさわしい責任の取り方である。今後に向けての改善策は、その次の話。

トップカーストのメンタリティというのは、最初に貪欲・強欲・我欲ありきである。それを正当化しようとしてさまざまな理屈・物語を作り始める。それがときに「もっともらしく」聞こえるものだから、耳を貸しているうちにワケがわからなくなってくる。結果的に、複雑怪奇な、収拾のつかぬ「宗教」と「社会」ができあがってくる。

ブディズムが、インド社会にとっての「正しい理解と思考」に貢献できるとすれば、人間の言葉や行いの裏にある「動機」にまで遡って見透す、その智慧の力にあるだろう。スジの通らぬ表面的な言葉に耳を貸す必要はない。合理的をもってしかるべき対応を促すことである。

その後も、大臣宅の前でデモを起こした男が、妻と子どもを連れて訪問してきたり、ダンマパダ(法句経)をマラティ(現地語)に翻訳出版した元銀行員のシニアが来たりと、いろんなインド人がやってくる。顔を覚えきれない(笑)。

夜にきたシニアの男は、全インドを「アンベドカルの話オンリー」で回っているのだそう。最初はずいぶん敵対的だった。「坊主なんて信用できるわけないだろう」と、私との面談を拒否していたそうだが、社交家のワス(私がインドに初めて渡った時以来の、とにかくよくしゃべって顔の広い「天然フェイスブック」みたいな男)が、「バンテジー(私のこと)と会わせたらどうなるだろう」と興味本位で引き合わせてきた。

あまりに敵対的で、高圧的で、押しが強く、声もバカでかいので、そばにいたナグプール大の学生たちは退散してしまった。

もちろん、こういう相手にこそ「反応しない」向きあい方が効く。彼の高圧的な質問にも、ニュートラルに応える。攻撃的な言葉にも、「いや、私の見解はこうである」と冷静に返す。

受けとめて、共有できるポイントを探す――それがコツ。

間もなく、彼が「アンベドカルの(激しすぎる)信奉者」だと判明。ならば、話は簡単である。

私が十年前にインドに渡り、佐々井師のもとで得度出家し、それ以来、私はインド社会を変えていくために、この地にきている。あなたが想像する以上に、私ははるかにインド社会を知っているし、この地に同志も多い。アンベドカルがモチベーションとしていた慈悲にもとづいて行動しているのが、私である。そう知っておいてください、と伝える。

すると、面白いくらいに態度が豹変し、「ぜひ私たちと一緒に全インドを回ってください。今度は、2月13日にどこそこで大会があります――」という。残念、もう帰ってます(笑)。

すっかり上機嫌になって、帰っていった。で、大学生たちが戻ってきた。「ニュートラルに向きあう」練習をするちょうどよい機会だったのに(笑)。

そうして、早朝5時半に、ウダサ村を出る。朝早いのに、村びとたちが見送りにきてくれた。

もっと長くとどまる必要がある。彼らほど、ダンマを必要としている人たちはいないのだから。

ウダサ村の夜明け