仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
●全国行脚、まもなくスタート! 講座、個人相談、法事など、ご希望者はご連絡下さい(クリック)
●仏教講座のスケジュールはこちらをクリック。 
●メール通信、配信中。
①お名前、②都道府県、③近況(本の感想・知ったきっかけ等も可)をひとこと 書いて koudounosato@gmail.com まで。※フリーメール着信拒否の設定になっていないか、ご確認ください。
●廃寺・空き寺・日本家屋を募集中! 生き方と教育と仏教をひとつの場所で――ご提供くださる方、ぜひご連絡ください。

とある法事の記・その2(2014年6月)

 さる六月末の日曜日(二〇一四年六月二九日)に法事に行ってきました。

 お呼びいただいたご遺族の方には、ご縁たまわりましたことつつしんで御礼申し上げます。
 以下、回想録です――

 都内の某霊園まで。お寺が経営している所だけど、宗派に関係なくお墓・法事を扱っているところだそうだ。

 ご遺族に直接会えるのかと思いきや、お坊さんの控室なるところに通される(そうか、複数の法要が行われるらしい)。 
 ご僧侶方が着替えをしていた。お一人は白装束の上につややかな紫の法衣。もうお一方は黒地に黄色の袈裟(そうか、日本のお坊さんは現地で着替えるんだ)。

 喪主のご夫妻とあいさつ。お会いするのは今日が初めてである。仏教に長年親しんでおられたご夫妻が、南方アジア仏教と、日本の大乗仏教との両方に通じている僧侶を、とインターネットで探して見つけて下さったのが機縁である。実に時代を反映したご縁である。

 今日お見送りする故人のお二人(ご両親)の年譜をいただく。ご準備いただくのにたいへんな労を要したご様子である。ありがとうございます。

 時間までしばし待つ。あれ、今さっき本堂へと出ていった紫のお坊さんがもう戻ってきた(十分くらい?)。カバンに法衣をたたんで、帰ってゆかれた。あれ、もうお一方も……。

 お寺のスタッフの方がやってきて、「法事三〇分、納骨二〇分です」という(ええっ? 三〇分しかないの?)

「ご遺族の方が本堂の方におそろいになりましたので、どうぞ」と言われる。十一時半スタートのはずが、もう十一時三九分。この場合あと二〇分ちょいしかないということ?

 本堂に入ると、私から見て左側にお席に座っておられるご遺族の方たち。右側、つまり本堂奥に「荘厳」[しょうごん]なる法事のための仏壇が。掛け軸には、東洋風の釈迦牟尼仏と、その下に並ぶ道元禅師と達磨大師。

 仏壇には、お坊さんが座って読経する経台(机と椅子)がある。その右手に大きな木魚、左手に打鳴(リン)が二つ。さらに経台をはさんで左右に三つずつ別の経台が並んでいる。なんのため?と一瞬思ったが、お経の輪読や補佐を勤めるご僧侶方が座る席らしいとわかった。

 困ったのは、仏壇とご遺族の間に、今日お見送りするご両親の遺影と焼香台が置かれていること。これでは読経する僧侶とご遺族が分断されてしまう。

 さらに、仏壇全体が、ご遺族の座る床よりも高い段に位置している。

 これは権威づけの意味があるのか、あるいは舞台装置としての意味を持っているのか。ご遺族の方からみれば、お坊さんは遠くに背中を向けて座ることになるし、その手前に焼香台があるから、お坊さんが何をしているのかまったく見えないことになる。

 私の理解では、法要とは、仏が説く真実(法)とそれに帰依する(よりどころにする)人がつながる行事である。だから、インドでは葬儀や故人を悼む今回の一周忌のような法事だけでなく、たびたび法要をする。おめでたい日にもよくやる。

 そして、故人を見送る四十九日や納骨、故人を悼む回忌(忌という字は適切ではないと思うが)の法要においては、仏法という大きな流れと、それに帰依する生者たちと、先立っていった故人とを結びつけることが目的になる。導師をつとめる僧侶は、そのつなぎの役割を果たす媒介者である。 だから、僧侶は、故人のご遺影とご遺族の中間、その双方が見える位置にいるべきである。ご遺族からは故人と僧侶の両方がみえること。

 インドでなら、僧侶も人々もみなお寺の地べたに座る。ブッダの像と僧侶が、人々の座る位置からはよく見える。みなで手をあわせて一緒に読経する。

 日本では、最初から僧侶と人々との間に距離があるのだ。ご遺族からは仏の姿さえ見えない、今回のようなつくりもあるらしい(しかし道元禅師まで一緒に掛け軸におさめるって、なんとも開祖本位の日本仏教らしい)。

 さて――しばし戸惑ったのち(新しい家に引っ越した犬猫が戸惑う気持ちが少し分かった気がした)、結局仏壇には上がらず、仏壇とご遺族の中間に、つまり本堂の脇に位置することにした。雪駄をぬいで直接床に立つ。

 喪主の方に紹介してもらったのち、法要に入る。まずは故人――喪主様にとってのご両親――に参拝をして、礼拝文を唱えるところから始める。

 礼拝文[らいはいもん]――仏法という河の流れ(仏法僧の三宝と説かれることもある)への礼拝。そしてお見送りする故人への礼拝。ご挨拶である。

 懺悔文[さんげもん]――生者が心きよめること。そのためにはつつしみに立つこと。自らの過ち・至らなさを懺悔すること。

 そして、ご用意いただいたご年譜のほうを読み上げる。

 ご両親は、ともに戦争時代に十代をすごした方たち――年譜の記録を追うだけでも、お二人がどんな人生を送ってきたのか垣間見える。私はここでなるべく想像を尽くして、故人のご遺影と過去を脳裏に刻み込む。でないと見送る念がきちんと伝わってくれないように思うから。

 ここで残念だったのが、さっき言われた「三〇分」の時間制限。もうかなり経ってしまっているはず。
(あとで思ったのだが、紫のお坊さんたちは読経だけで「お勤め」を終えて帰ってゆかれたのだ。だからあんなにも早かった。霊園のほうも、お坊さんがお経だけ読んで帰ると知っているから、あらかじめ「三〇分」と時間をきめている。しかもたくさんのご遺族が休日に法事を行うから、そうやって時間を切り分けて一日を管理しているのだ。なんとも日本的、といえなくもない運営方法である。)

 時間が足りないので、ご年譜の多く、特に後半部分を省かざるをえなかった(せっかくご用意して下さったのだが……)。救いは、ご遺族はみな、故人お二方の道のりをだいたい知っているとのことである。でも小学生低学年の子供さんお二人もいた。ゆっくり年譜を読み上げて、この子たちにも、おじいちゃん・おばあちゃんがどういう人だったのか、心に伝わるようにというのが本来の願いである。

 特に、今回のお二方のように戦争中に十代をすごした方々というのは、自身の夢を追いかけるよりも学徒動員で勤労や従軍に駆り立てられる身の上だ。年譜の中の「○○年に○○した」という記述のなかにも、さまざまなご本人の思いがすけて見える気がする。そういう部分をお伝えしたかった(その意味では今回のご年譜ほど詳しくて、故人の人生を振り返るに最良のものはなかった)。

 ご年譜のあと、「慈・悲・喜・捨」の瞑想をする。

 本来、心の内側を見つめる修行(禅とかヴィパッサナー瞑想と呼ばれる)を「瞑想」と呼ぶのはふさわしくない。あれは観察であり明察(あきらかにみること)である。「目をつむって想う」ことではない。

 しかし、故人に想いを馳せる時間は、まさに「瞑想」である。慈悲喜捨という四つの心がけをもって、故人に思いを馳せる。

 慈――故人の安らぎを願うこと。
 悲――故人の生前の悲しみ・苦しみを感じ取ること。
 喜――故人の生前の喜びを感じ取ること。さまざまな喜びがあったことであろう。
 捨――というのは、残された生者たち自身の欲や怒りや妄想を手放すことである。心をクリアにして、故人のよき思い出を胸にいつまでも留まるようにする意味をもつ。

 その上で、ねぎらいの儀へ――読経に合わせて、ご遺族ひとりひとりにご焼香してもらう。

 できれば、この段階までにゆっくりと時間をかけて、故人の人生を胸に刻んでいただきたい。そのとき出てくる思いを、ご遺影に送ってもらえたらと思う。どんな思いでもよい。それぞれの心に浮かぶ最も素直な故人への思いを伝えるのである。 そして、慈経の朗読(日本語訳とパーリ語。ただ時間の都合あって全文の読誦はできなかった。)

 最後に護経――これは僧侶から生者のみなさんへの、幸せであれ、安らかであれという思いを贈ることである。

 これら一つ一つを、どこまで純粋な気持ちで経に載せて送ることができるか。そして、残されたご遺族が、明るい気持ちで、これから先、故人と新しい関わりを生きていこうと思っていただけるかである。心の中でひとつの〝つながり〟が生まれてくれたら、法要は成功である。

 読経している間、(トイレに行きたい)という思いが前の席の方から伝わってきた(笑)。冷房がけっこう効いていたから。これも日本的なのかもしれない?

 そして、場所を変えて納骨へ――ご遺族とともに墓地へと移動する。

 この霊園は、全宗派、さらには無宗教の人の墓も扱っているとあって、お墓がバラエティに富んでいる。御影石、大理石、黒曜石と材質はさまざま。形もユニークだし、故人が選んだと思われる「喜」とか「感謝」といったメッセージが刻まれた墓も。ペットの墓まである。

(海外の仏教国ではだいたい遺灰を土や川に戻して終了である。墓石は日本独自の伝統だが、日本はこれから人口も減るというし、土地は余っていくのだろうから、こうやって子々孫々のつながりの象徴としての機能を果たす墓石文化は、あってよいのかなとは思う。)

 今回の喪主の方は、自然葬を選ばれた。青々しい芝生に、直径十五センチくらいの丸い穴が二つ用意されていた。そこにお寺の方が、ご遺灰を入れていく。つややかな陶磁の骨壺から緑の芝生の穴へと、さらさらとしたきれいな白のご遺灰が運ばれていく。

 以前うけもった納骨の儀では、儀式の前に業者さんがお墓をすでに開けてしまっていたので、改めて墓を閉じてもらってから経を読んだ。だが今回は、お寺の人が一つ一つの作業を、ご遺族に確かめて見せながらていねいにやってくださった。最後に土に収まったご遺灰の上に芝生のフタをするときも、とても丁重な扱いだった。

 芝生に描かれた新しい二つの円――その前でわたしは額[ぬか]づいて礼拝した。故人の安らぎを念じるためである。そしてこの日より始まる新しい〝つながり〟が今後久しく続くように――とである。

 命をつくる物質――体の部分――はこうして土へと還っていく。そのうち分解されて、一部は生物、あるいは植物へと姿を変えるかもしれない。それが生命の連鎖・つながりによって運ばれて、いつか気づかぬうちにここにいる生者たちの前にふたたび姿を現すかもしれない。そういう循環が、この世界にはある。

 体が変われば精神もまた変わる。死によって、ひとの心は、生者にはもはや触れることのできない処へと移る。

 しかし、命をつくるもうひとつの要素――つながり――は続いている。

 そのつながりをこそ見つめるべきである。そして、つながりを確かめるためにこそ、時を置いてこういう機会を設けるべきなのであろう。

 ここから先、ご遺族と故人のお二人とが、また新しい形でつながっていけるように――。
 そして、そのつながりが、今日集った生者たちの胸に、よき力となって宿って、それぞれの幸せな人生の支えとなってくれるように――。
 特に子どもたちが幸せであるように。おじいちゃん、おばあちゃんの思い出がその胸によみがえってくれるように――。

 もし生者たちの心の中に、故人の姿が、うつくしく愛おしむべき姿で、いつまでも宿ってくれたならば、故人の命はいまだなお続いているといえるであろう。それは新しい命の形ではないか。今日この日は、その新しい命、新しいつながりを始める機会であってくれたらと願う。

 死というのは、忌むべきものでも、ただ悲しむべきものでもない、と私は思う。

 生に執着すれば、死は苦しみになる。失った命に執着すれば苦しみが生まれる。
 しかし、それは手放すしかないものだ。

 生きてあることは苦しみである――というブッダの教えは、しかし、もう一つ別の真実をたたえている。

 それは、「生きてあることを終えれば、安らぎへと還る」ということである。

 生きてある間の苦しみは、死してなお持っていけるものではない。生きてある間の苦は、生きてある間だけのもの。死はそれを終わらせてくれる。あとは、命の無限のつながりの世界へ、はるかなる因縁・めぐり合わせの世界へと、ひとは帰っていくということである。

 ちなみに真言宗ならば、死者が帰一する世界を「大日如来」(全宇宙の象徴)と呼ぶであろうし、浄土信仰の世界では「阿弥陀仏」がすまう浄土へひとは戻っていくと考える。呼び名には それぞれの伝統・個性が反映している。私がそこに共通してみるのは、数かぎりなき命が織りなすつながりの世界――法脈――である。慈愛に満ちた世界である。

 慈愛に満ちた法脈(つながり)の世界――これもまた真実であろう。

 けだし (思うに)、もしこの世界が、慈愛と呼びうる力に満たされていなければ、宇宙の開闢[かいびゃく]以来百四〇億年もの歳月が続いてはいないであろう。そしてそれだけの歳月が続かなければ、この星は作られることなく、この大地に緑や生き物たちが生まれることもなく、昼と夜がとめどなく繰り返されることもなく、きょう土に帰る故人のお二人が昔この国で生まれ、学び、働き、結ばれ、長い歳月をともに生きて、相前後して(年譜によれば約九日をおいて)命閉じることもなかったであろう。そのお二人のめぐり合いによって、新しい命が育まれ、こうして今日この日に一同が会することもなかったはずである。

 人生には、この世界には、苦しみばかりがあるわけではない。むしろ見る方角を変えれば、この世界は慈愛と呼ぶにふさわしい力、因縁・法縁・つながりに満ちていることが見えてくる。

 そういうつながりの中へと、故人は戻ってゆかれた。あるいは、もとからあったつながりの中に、過去から未来へと永劫連綿として続く法脈の中に、新しい形で生きることになった――そう言ってよいのかもしれない。

 もし残された生者たちが、そのはるかなるつながりの存在に目を開かれて、先立って逝った命と、ここから先、新しい形で、あかるい気持ちで、つながっていってくれたら、と願う。ぜひ、かないますように――。

 日の明るい午後であった。


 会食をご一緒させていただいた。
 みなさん、持戒のこの私にあわせてノンアルコールで通してくださる。

 葬儀とはそもそも何だろうか。ひとは、身近な人が死を迎えたとき、何のために弔いの儀式をするのだろうか。

 インドやバングラデシュ、ミャンマー、スリランカに伝わるテーラワーダ仏教の世界では、葬儀の場で僧侶が説くのは、命の「無常」である。ひとは死を避けられない。執著を捨てよ、悲しむことなかれ――と説く。それはたしかに原始仏教の世界において、ブッダが人々に説いたことだ。
 チベットでは、四十九日のあいだ霊魂は闇の中を彷徨して、導師や遺族たちの念によって導かれて、光の違う(白とか青とか)世界へといざなわれていく。その光の先に、生まれ変わりの世界があると説く。

 中国や台湾の大乗仏教では、生者が嘆き悲しむと死者は次の生まれ変わりができなくなるから、読経の力によって「魂を来世へとむしろ積極的に送り出す」のだという(台湾の仏教徒から聞いた話)。

 ひとは輪廻する、どこに生まれ変わるかは、生前の功徳の量による――と考える仏教がある。

 しかしその一方で、浄土信仰では、阿弥陀仏の本願にすがればそれで必ず浄土に生まれ変われると考える。あるいは死をもって「成仏する」と考える伝統・宗派もある。

 死をどうとらえるか――厳密にみると、みな微妙に違う。

 結局、死をどうとらえるかは、生者たちが死をどうとらえるか、が最も決定的な意味を持つのである。死者と生者との〝つながり〟が、死を意味づけるのだ。

 命の本質は、心(ナーマ)と体(ルーパ)――それがアビダンマ(究極の真理)であるとテーラワーダ仏教は説く。

 しかし、大乗仏教がとらえる、もうひとつの命の本質――法縁・つながり――というのもまた、究極の真理である。

 いずれも真理である。その大いなる真理の全体に、ひとは心を安心してゆだねればよい。

 「つながり」の中に、死者と生者をつなぐ。

 死者は、死してなお、無へと帰すことなく、生者たちの思いのなかで生きていく。
 生者たちは、先立って逝った者たちの人生・思いを、善きかたちで心に残し、ともに生きて、それぞれの人生を幸せにまっとうする。

 そういう、つながりに沿った営みもまた真理。これもまた、仏教が伝える真理のありようである。

 今日めざしたのは、そういう、ひとつの伝統や宗派にかたよらない――(かたよれば必ず見失うものがでてくる。死をいちがいに「無常」と説く必然的(そうでなければならない)理由はないし、他面、大日如来と一体になるとか、阿弥陀仏に救われるとか、死をもって成仏するという表現のみにとらわれる必要もないであろう)――二五〇〇年を越える仏法の思想全体にのっとった法事だった。

 その一端でも、今日のご遺族の方々に伝わってくれたらと思う――。


 振り返ると、今回は別のところで印象的な部分が多かった。日本の法事のあり方である――

 お坊さんはお経だけ読んでお帰りになるということ(だから三〇分でも霊園としては十分な時間枠だったのだ)。

 仏壇とご遺族とがかなり離れているということ。 ご遺族は、お坊さんの背中だけしか見えないこと(今回は背中すらも見えない。読経の声と木魚と打鳴(りん)の音の中でじっと座っていることになる)。

 納骨は、お寺の人・業者さんがやって、ご遺族は眺めているだけということ(ご自身でやるほうがふさわしいと感じたのだが。ちなみに芝生の上で私が故人に念を送っていたときに、お寺の方が「芝生は立ち入りできませんので」と注意されてしまった。もうちょい融通がきかぬか)。

 納骨二〇分――これは埋葬場所までの移動とお寺の方による埋葬の時間を含めて計算した時間枠なのだということ。

 本堂は、宗派に合わせて荘厳(舞台装置)を変える。

 こうして〝合理的な〟時間割に沿って、いくつもの法事が執り行われる――。

 もう少し必要だったのは、法事の時間であったかと思う。せめてあと十五分。それだけあれば、故人の生い立ちもゆっくり振り返ることができ、お経の現代語訳もていねいに最後まで読み上げることができたかもしれない。

 でも、みなさん、ご一緒に手を合わせてびとつの時間をつくってくださった。感謝合掌である。

 インドでならば、集った者たちが、心を清浄にし、慈しみの思いに帰り、故人への親しみ・敬意・感謝・ねぎらいの思いに満たされれば、それで正解である(あまり決まった形があるわけではない)――そういう「仏の教えにそった心に帰る」ことができれば、法事、つまり「仏法にもとづく行事」としては成功なのである。

 あるいは、もっと自由に、たっぷりと、仏教に沿った生き方について学ぶ法事、つまり法話をふんだんに盛り込んだ法事もあってよいのかもしれない。六〇分、あるいは九〇分――故人の思い出をご遺族の方に話してもらいながらの、安らぎ憩いのひとときである。故人は、その場をさずけてくださった恩人ということになる。新たな感謝を贈るようにつとめることになるだろう。

 そういう法事も、これから広めていけたらいいなと思います。

 ともあれ――

 今日ご縁いただいた故人のお二人が、これから安らかに、ご遺族みなさんの胸の中で生きつづけてくださいますように。

 今日お会いしたみなさんが、それぞれの日々を、すこやかに幸せにすごしてくださいますように。

 草薙龍瞬祈念合掌